2017年8月22日

実は、英語は読むのが難しい

高校のとき、私は英語が得意だった。

しかし、大学院に入って少し経った頃には、英語はちょっとした苦手意識になってしまっていた。

特別なことはない。
受験英語は得意だったが生きた英語は苦手だっただけのこと。

今と違って、当時はまだネット上の情報や機会は十分でなく、自分は21歳まで海外に行ったことすらなかった。読み書きは受験英語力でできても、聴く話すはとても弱かった。日本人にありがちなパターンだ。

大学院在籍時に行った1年間の交換留学では、TOFEL のスコアを提出しなければならなかった。ヒアリングテストの点数がすごく悪く、合計点の足を引っ張った。留学先(カリフォルニア大)の定める TOFEL の基準点数をクリアできるまで、何度も受け直した(もちろん、テスト対策は真面目に行いつつ)。受験料が結構高いので、金銭的に辛かったなぁ。

読む、書く、聴く、話す。

この中では「読む」のが最も得意(あるいはマシ)である、という日本人が多いだろう。「聴く」と「話す」は、近年では YouTube やネット上での英会話レッスン、友達作りのツールなど、色々な上達手段がある。ただ、伝統的には、外国人と日常的に出会う環境を作るとか、海外に住むとかしない限り(あるいは、海外に住んでても)なかなか地力がついてこない。私はアメリカに1年住んだことがあり、イギリスに3年住んでいる。ところが、アメリカの1年だけでも「聴く」と「話す」が格段に良くなったのは確かであるものの、今なお「聴く」と「話す」は十分でない。「話す」は本当に頻繁に間違える。「聴く」は職場でさえ、聴き取れる相手と聴き取れない相手の差異が大きく、聴き取れない相手は結構たくさんいる。一体、何年かかったらよくなるのか!??

英語を「読む」、「書く」にはあまり不自由しないけど「聴く」、「話す」には今でも不自由している。それが自分の状況だと思ってきた。理系研究者は特に、熟達するほどそういう傾向があるかもしれない。

ところが、15年以上持ち続けてきたこの考えは、どうやら大間違いであることに最近気づいた。

読むのが圧倒的に遅いのである。

自分が英語を読むスピードや語彙量は、海外に何年も住んでる日本人(研究者含む)と比べて多分遜色ない、というか、正直言って比較的自信がある。ところが、ネイティブの人は、読むスピードが圧倒的に速いのだ。ネイティブの人と一緒に仕事をすると分かる。ネイティブの人との仕事は15年程度してきた。でも、今まで気にしてなかった。ところが、よく観察してみると、彼らが読むのは圧倒的に速い!

私たちはネイティブよりも語彙量が少ないことが理由なのではない。確かに程度問題だが、あるレベルに達すると、知らない単語がちょこちょこ出てきても、意味を類推しながら読めるし、無視しても理解に差し障りない。それがために、スピードや理解度が落ちるほどではないと思う(ただし、知らない単語が多すぎると、スピードも理解度も落ちる)。仮に私が全英単語を知っていたとしても、自分が読むのはネイティブが読むよりも圧倒的に遅いだろう。

考えてみれば、当たり前。自分は英語の小説を1冊読むのに、ネイティブの3倍や5倍(もっとかも?)の時間をかけている。それだけのことだ。結局、研究上の文書を読むのにも、メールを読むのにも、20年の努力の賜物でスムーズに読めているようでいて、ネイティブより圧倒的に遅い。
なぜ、こんな簡単な事実を直視していなかったのだろう。
日本語だと速く読めて英語だと遅いということを、認めたくなかったのかもしれない。

仕事上、これはかなりまずい。同じ論文を読むのに3倍や5倍の時間がかかるのだから。

対策は...思いつかない。「聴く」と「話す」はまだ穴が多いので、この歳(41歳)になっても伸びしろがあると感じる。若いときの伸び率には劣るとしても。しかし、今から「読む」速度を向上させるのは難しいと思う。随分読んできたわけだし。知らない単語はたくさんあるが、語彙量が問題なのではない。もちろん、頭の中で日本語に訳しながら読んではいない(これをしてはいけない、ということは色々な本に書いてある)。そういった基本をクリアし、英語(主に論文。たまに一般書)を20年読んできたのに、まだ及ばない。

若いころの大量な読書量。これに尽きるのかもしれない。
日本語でも同じ。
日本人でも、日本語を読むのが速い大人と遅い大人がいて、子どもの頃からの読書量は関係していそうだ。

私の長女は読書好きだ。日本語も英語も片っ端から本を読んでる。新しい本が家に届く度に誰の本にでもチェックを入れている。
「イギリスで育つと英語が母語になっていいね」という発言の含意は、日本では、特に「聴く」と「話す」について強調されている気がする。しかし、隠れた強みは「読み」力。小学生の本とはいえ、長女は 100ページ、200ページの字が詰まった本をがんがん読んでいる。知らない単語があっても関係ない。これは強い。

2017年5月17日

赤の他人への対応、不惑での変化

三つ子の魂百まで。

そこまで言わなくても、人間、大人になってから変化するのは難しい。

例えば、コミュニケーション力を高める努力をしましょう、と言っても行動を始めることができない若者はたくさん見てきた。どう変えるべきか、何を試すべきかを頭では分かっている場合も多い。ただ、彼らのそれまでの人生 20〜25 年の蓄積はすでに、変化を難しくしていた。
二十歳過ぎたら人は変わらないか、と思ったものだ。

もちろん変わる人も多くいる。
自分は、何を隠そう、コミュニケーション力についていえば、18〜28 歳位の 10 年間で格段に改善した思っている。
変わる努力をしたのだ。えっへん。

ところが、20歳はおろか、38歳になるまで、変える必要にも迫られず変えずに来てしまったものがある。

それは、「赤の他人への優しさ、対応」である。

もちろん、私は他にも色々変えるべき部分があるだろうが、今回は「赤の他人への優しさ、対応」に限定する。

日本人、東京生まれ、東京育ち(八王子は東京都です)。
自分も含めて、このような生い立ちの人の多くは赤の他人に冷たい。

他人にぶつかっても謝らない、自分だけ先に行こうとする、店員には厳しい、他人に話しかけられても無視する、お年寄りや家族連れのヘルプをしない、逆に他人様にすごく遠慮する(赤の他人と関わることに対する防衛なのかもしれない)、といった日常の光景である。
赤の他人に話しかけるのが社会マナーに反するとされる、助けようとすると逆に変な目で見られる、などの色々な原因があるだろう。
そこで育つと、大人になってから赤の他人への応対を変えるのは難しいだろう。
少なくとも私はそうだ。

イギリス国は、赤の他人に対する振る舞いについては日本国とかなり異なる。
ロンドンはよく知らないが、少なくともここ Bristol(ブリストル)は東京と異なる。

赤の他人に対して「東京風」に振る舞ったら、ブリストルでは失礼というか残念な人に見られるだろう。
つまり、ぶつかっても謝らない、道を譲らない、目を見て話さない、赤の他人のふってきた雑談に合わせない(ただし、怪しい人はやっぱり無視すべきだ)など。
英語の問題ではない。

私も、38歳でイギリスに行くまでは、赤の他人に対して典型的な東京人だった(ただし、33歳で子どもができて幾分は改善した)。
しかし、イギリスに来て変わった。
現地に溶け込む暗黙の努力でもあるし、みんながそうしてるので自分も自然に真似るようになる。
また、最初は恥しいと思いながらドアを譲ったりするのだが、受け手は 99% 好意的に受け取ってくれる(軽くお礼を言われるとか)。
すると、次も行う気が起きる。
日本だと、ネガティブな反応が返ってくるか無視されるかが多いので、1回やってみても、次回は萎える。

なので、イギリスに来て3年経って、イギリスにおける赤の他人に対する振る舞いは、まあだいたいイギリス基準になった(と思う)。
疲れてたり苛立ったりしているとダメな時が多いので、もう少し改善したいけど。

本当の挑戦は、日本でどう振る舞うかである。

1つのやり方は、イギリスと日本で使い分けること。
意識的に使い分けるというよりは、無意識に使い分けてしまっている自分がいる。
日本に行って最初の数日は移行期間があるが、その後は、昔東京にいたときと同じように振る舞っているのである。
つまり、赤の他人に優しくない。

しかし、それは面白くない。
自分の子どもに見せたくもない。

したがって、目標は、相手に多少不快だと思われてもイギリスと同様に振る舞うことである。
することは、なんてことはない。
道やドアを自然な範囲で譲るとか、店頭でお礼を言うとか、困ってそうな人に話しかけるとかである。
もちろん、相手の日本人は、一定以上より中に入ってこられるとうざいと思う(人が多い)だろうから、そこはバランスで。
でも、そのバランスを少し崩したい。

他の意識の持ち方としては、子どもと一緒のときに、「こう振る舞うのだ」ということを日本でもイギリスでも実行する。
そして、子どもが見ていなくても同じように振る舞う。

これができれば合格で、不惑(40歳)になっても自分を変えられるということである。

2017年4月23日

パブで仕事

ちょっとカフェで仕事してこよう。

日本でもよくあることだ。
オフィスや自宅を離れて気分転換をしたいのかもしれないし、出張中の 1 コマかもしれない。

さて、私の自宅の近くにカフェはあるが、東京と比べると限られる。
東京とブリストルを比べるのは平等ではないが。

実は、夜でない限り、パブで快適に仕事ができることを発見した。

日本で、飲み屋でパソコンや本を出して仕事をする人は稀だろう。
しかし、イギリスのパブは、飲み屋のようで飲み屋ではないと感じる。
私がよく使うチェーン系の安いパブ (Wetherspoon) について言うと、次のような特徴がある(これらの特徴の多くは、他のパブにも通じる)。

  • 必ず禁煙である。
    イギリス人のマナーは日本人のマナーより平均的に悪い。
    しかし、どんな柄の悪い酔っぱらいも、この禁煙ルールは必ず守っている。
    私の場合、日本の飲み屋で仕事することは、禁煙でない時点で厳しい。
  • 長居しても、店員や他の客に嫌がられない。
    イギリス人は「あの人ずっといるよ。。。」とか思わないようだ。
    「2時間で出てって下さい」とか「他のお客様のご迷惑なので」ということは起こらない。
    ありがたい。

  • 日本のカフェでは、他人の会話が気になって仕事に集中できないことがよくある。
    もちろん、カフェは静粛の場ではないので、仕事場として使う私側の失敗だ。
    イギリスのカフェでは、他人の会話は英語(や他の言語)である。
    したがって、日本語ほどには耳に入らなくて気にならないことが多い。

以上のことは、イギリスのカフェについても当てはまる。
パブ特有のことは、、、
  • 朝から営業している。
    朝から飲んだくれている人もいる。

  • お茶だけ、あるいは、お茶 + 食事、で使ってもよい。
    成人でも、ノンアルコールを注文しておしゃべりなどしている人はいる。
    レストラン的でもあるようだ。

  • レストラン的でもあるので、家族連れがいる。

  • 席はどこかしら空いている。
    ブリストルが地方都市だからかもしれない。

  • トイレが大きくてちゃんとしている。
    日本の皆さんは、そんなこと当たり前だ、と思うかもしれない。
    しかし、イギリスではトイレが機能しないことが多々あるので、隠れたポイントなのだ。

  • 笑い声が無駄に大きい。
    酔ってるし。庶民系のパブだし。
    これに我慢がならなくなったら、退場する他あるまい。
    近所の他のとあるパブに行くと、無駄に大きい笑い声はしない。
    パブによって、来る人の社会階層が明らかに異なる(ただし、値段にもそれなりには反映される)。

まとめると、パブでの仕事や読書はお勧めである。
「がーっはっはー」 ← 酔っ払い達の高笑い

2017年1月5日

引き出しを増やす

留学にしろ、ポスドク(博士研究員)にしろ、赴任にしろ、海外経験はプラスになると言われる。
具体的に何がプラスなのだろう?

  • 語学の上達。
  • 新しい友だちができる。
  • 語学以外の意味で仕事の技術が上がる。例えば、ポスドクなら、日本で得られない質の研究技術(アイディア、実験・計算技術、執筆力、研究室運営方法など)を得られる。
  • コネを作れる。
  • 多様な価値観を知ることができる。

どれも言い古された事柄だ。
だが、「多様な価値観」について、あるインタビュー記事が、仕事で接する日本人の若手(学生を含む)に対する印象と重なったので書いてみる。

卓球に平野美宇(みう)選手という人がいる。
一言で言うと、16歳にして、すでに大人の選手として世界的である。

彼女がインタビューで

心が広くなると戦術の幅も広くなる。だから、(昔はそうでなかったのだが)最近は高校のクラスメートや卓球以外の職業の人とも積極的に話すようにしている

という趣旨のことを述べている(そのインタビュー記事はこちら) 。
明らかにすごい16歳だ。

さて、この言葉の意味を自分の仕事にひもづけて考えてみた。
以下は、私の全く自分勝手な想像である。

  • 試合で、心理戦として「こういう相手だったらこう来ることが多いだろう」と考えて、逆をついたりする。
  • 相手が直前のプレイで焦ってるかもしれない、だからこうしよう、という組み立てを行う。
  • 同じプレイが起こった後でも、日本人、中国人、ヨーロッパ人で、平均的には受取り方が異なるかもしれない。
  • 国籍や職業が異なる色々な相手の考え方、感じ方、動き方の引き出しを自分の頭や体の中に日頃から蓄えておく。すると、多様な相手や多様な状況に応じてうまい対応ができうる。
  • 日本人選手とだけ話していると外国人選手の感じ方は分かりにくいかもしれない。卓球でないとある職業の日本人の感じ方が、意外と外国人卓球選手の感じ方に近い、なんて起こりうるだろうか。

全て空想である。こんなことかなあ。

自分の仕事を振り返ると、多くのことがあてはまる。
日本の若者が長期でも短期でも海外に行きたがらない。これは、研究界隈でも、大学学部生を見てても、誰と話しててもどうやら確実な傾向のようだ。

これは研究の世界で言うと、「高校のクラスメートや卓球以外の職業の人と積極的に話さない」ことの顕れの1つだ。

研究は世界中から人が参画して行われる。主に欧米と東アジア(やオセアニア、イスラエルなど)だが、ヨーロッパにも色々なかなり異なる国があるし、欧と米は結構異なる。
その中、日本の特に若手 (25〜40歳位) と仕事をしててよく行き当たるのが、

「彼らはそんな風に思わないでしょ」
「それじゃ分かられないでしょ」

というパターンである。
これは、英語力、計算・論理力、コネの不足ではなくて、知ってる価値観の引き出しが狭すぎるのが原因だと感じる。

例えば、ヨーロッパ人の休暇が長いことは比較的有名だが、彼らの休暇にかける根性は日本で記事を読んでてもなかなか分からない。そして、休暇に対する考え方は、彼らの仕事の仕方に反映されていて、日本人研究者も影響を受けうる。ヨーロッパ人と直接一緒に仕事をしていなくても、彼らの論文を読んだり、彼らのいる国際会議に行ったり、彼らの設定する基準や方針に影響されるのだ。一般的に休暇がいつからいつまでなのか、という知識も助けにはなるが、そういう数字的な知識だけでは済まない。仕事の優先順位をどの程度に決める人が多いのか。休暇後に彼らが何を忘れてしまっているのか。など。

もう一つの例として、研究者は論文を論文誌に投稿(=出してもらえるようにお願いすること。限られた紙面を争う競争である)するとき、程度が高い論文誌になるとカバーレターというものをつける。自分の論文の価値を説明して、評価者を納得させて、論文を判定してもらうスタートラインに立つための道具だ。コネは効く。ただ、コネ以外の要素の中では、評価する側の研究者が何を重視しているのか、何をしたいのかにすごく依存する。こっちの理屈を押しつけてもダメ。評価側の人を直接知ってても知らなくても心理戦になる(と自分は思っている)。英語の問題もあるが、英語がうまければよいレターを書けるのではない。研究技術の1つと言えばそれまでだが、引き出しが多ければ対応の幅が増える。

最後に、日本人同士で共同研究をするにしても、お互いが「卓球選手同士でしか会話しない」研究者だったらば、少し分野や考えがずれるだけで成果は極度に出にくくなる。

というわけで、若手研究者(や学生一般)は、引き出しを増やす旅に出てみましょう。
出会う人とどんどん友だちになる必要はない。
日本でも、仕事でよく接する全ての相手が自分の友だちなわけではない。
出会って、会話をして(重要!)、別れる。極論を言えば、それだけでも引き出しが一段増える。

2016年10月5日

イギリスで安いもの

為替レートにもよるが、イギリスの物価は概して日本より高いので、イギリスの物価や物価の割に質が伴わないことについて不平を言うのは簡単である。

(為替レートにはよるが)イギリスが日本より安いものを挙げてみよう。
安いけど質が悪いものは除く。

  • 乳製品(牛乳、チーズ、ヨーグルト):安くておいしい。
  • パン、シリアル:おいしい。
  • 野菜と果物の多く。
  • 米:中華系の店で買う。5kgや10kgで買うと日本より若干安い。例えば、韓国っぽいブランドをヨーロッパで生産している感じ。怪しくはない。自分の味覚だと特に文句はない。言う人に言わせると日本米には到底及ばないらしいが。自分や多くの周りの人は満足している。値段を気にせずに米を毎日食べられるのは大きい。
  • 海苔:事情は米と同様。普通の10枚入りとかの板海苔。
  • パブの生ビール:ビール好きにはたまらないでしょうね。種類も豊富。ジョッキは、ドイツほどではないが日本よりは概して大きい。
  • カフェのお茶やコーヒー:店によるが、同じ程度の店構えなら日本より安い。洒落たカフェはたくさんある。ただし、食べ物や凝った飲み物はとても高い。
  • 安い携帯電話とその維持費。£10(為替レートによるが、1700円位)で携帯を買える。2年半使っているが問題は無い(もちろん、機能は貧弱)。先払いなどの SIM カードを指して使う。通話料金は、ちゃんと業者を選べば、日本と同じくらい。維持費が安いというのは、月額制でなく使った分だけ払う、という風に(も)できるから。自分の場合、ほとんど電話をかけないので、£10入れておくと2,3ヶ月位もつ。日本では、どんなに小さい契約にしても、月に1000円位は取られると思われる。スマホとか、ネットし放題の契約については知らない。
  • 電子レンジ、電気の簡易暖房:性能はごく基礎的。耐久性はよく分からないが、今の所満足。
  • 映画:イギリスが特に安いのではない。日本の映画は高いと思う。
  • 子どもの集団で習うような習い事:ガールスカウト、バレーなど。1時間£5程度。練度が進むに連れて高くはなるけど。
  • 家族で National Express という会社の長距離バスで旅行すること:家族割引カード(1年間。高くない)を買うと、子どもが無料になるのでかなり割安。他にも、便によってすごく安くなる長距離バス会社もある。
  • 近距離フライト:Easyjet と Ryanair のおかげで、国内、近距離国外とも片道£25-50位からの航空券が多くある。Brexit の影響が心配だ。

2016年9月24日

「帰国」する大学教員専用の研究費

大学の研究者は、主に国から競争的研究費を(競争の結果として)得て、研究を推進している。
日本では、「科研費」というのが、多くの研究者にとって一番主たる研究費の源である。
規模・分野別に様々な「科研費」の公募が毎年出ている。

その「科研費」で、下記の公募にびっくりさせられた(昨年 = 2015年からあったらしい)。

その名も「帰国発展研究」

応募資格(紹介サイトはこちら)の主な部分を私の言葉で書いてみる。

  1. 日本国外の大学などで教授や准教授相当の職についている。
  2. 日本国外に居住し、日本国籍を有する。
  3. そして、日本に帰国する=日本の大学に教授や准教授で就任するなどする。
3は、項目立てて書いてはいないが、実質そう読める。

そして、採択された場合に与えられる研究費は、かなり大きい(最大5,000万円)。

呼び戻そうということかな?

日本は今後特有の難しさもあるかもしれないので、若い世代は、好みであれば欧米や、元気である東アジア、東南アジア、オセアニアの大学で教員職(研究+教育)をとる人が今後増えてきていい。個人的にはそう思う。
しかし、この公募の考え方は逆なように聞こえる。
「優秀な日本人研究者は帰国して下さい」とも読めなくもない。

説明サイトには、この制度が「若手研究者の海外挑戦の後押しにつながることも期待」と書いてある。
しかし、研究者(ビジネスもそう?)の海外挑戦とは、失敗したら日本に帰ってくればいいという安全パイを持って外に出かけていくのではない。痛手も覚悟する。日本の研究職には戻ってこれるかもしれないし、戻ってこれないかもしれない。

例として、日本の所属大学から一年間の研究用時間(サバティカルと言う)を得て外国の大学で一年間て研究してよい、という制度が多くの日本・海外の大学にある。私の大学にも、これで来る日本人研究者が思いの外いる。
ただ、これを「海外挑戦」とは呼ばない。
本当の海外挑戦では、挑戦して失敗すれば、日本に帰る場所はないかもしれない。
ただし、失敗しても、人生としても、研究者としてもおしまいというわけではない(ここがよく勘違いされる)。2回目で、研究や研究外で輝く人はたくさんいる。
それに、「海外」に行かずして研究等が素晴らしければ、それで良い。

というか、日本人研究者に海外に行くことを促してるのか、海外から帰国することを促してるのか、分からなくなった。
ちなみに、両方促す、というのは成立しない。
なぜなら、募集要項1にある、海外で教授・准教授になる、というのは相当に大きな決定・労力投資だからである。
数年後に帰国する、という計画のもと海外で教授・准教授になろう、と活動する人は、まずいないように思う(結果的に帰国するかどうかは別として)。

また、国籍で申請資格を制限しているのは象徴的。
もしイギリスに同じ制度ができたら、私を含めた外国人教員は大変なショックを受けるだろう。
研究や高等教育が世界でボーダーレス化しつつある、という流れとは逆かもしれない。

ここまで書いたが、この研究費制度を批判しているつもりは無い(自分、応募資格あるし)。
ただ、違和感の共有が目的でした。
他の国の人(特に研究者)に話したら、おそらく理解不能だろう。
日本にはそれだけ潤沢な研究費があるということ? なんだか平和な話だー。

2016年7月22日

イギリスのトイレ

イギリスのトイレ事情について愚痴るのは簡単だ。

日本語ブログがイギリスのトイレについて悪い・不便だ、と主に書いているのは

  • 汚い。
  • 公衆トイレが少ない、有料。
  • ウォッシュレットがない。

ただ、イギリスに住んでいる自分としては、これらは重要と思わない。
汚くない無料のトイレはコツを知ればまあ見つかる。
ウオッシュレットは日本でも使ったことがない。そもそも使い方が分からない。一度、日本の外のトイレで、間違って変なボタンを押してしまった。すると、水がお尻に当たり、驚きのあまり飛び跳ねて、トイレのドアに頭を打った。それも理由で、私がウオッシュレットを使うことは今後もないだろう。

イギリスのトイレで本当に問題だと思うのは、汚物や紙が流れなかったり、よく壊れたりする(詰まる、流すためのハンドルが壊れる)ことだ(これらを指摘しているブログも、もちろんある)。

日本に住んでいると、トイレの基本機能が滞って自分の時間をとられることはなかなか起こらない。5年に1度くらいか。
学生時にアメリカに1年留学したけれど、そういう悩みはやはりなかった。
エレベーターのボタンを押せばエレベーターが来るのと同じように、トイレは当たり前のように機能した(大学のキャンパス内に住んでいたからだろうか)。

イギリス国ブリストル大学。
私のオフィスの近くには、隣の階も含めて、普段使いできる距離にトイレが15個位ある(大小合わせて)。
これらは、入れ替わりたち替わり壊れる。
常時半分近くが壊れていると言っても過言ではない。
壊れると、業者が来て直す。
直すのに2週間かかり、直してから壊れるまでに2週間かかる。
したがって、どのトイレもやはり半分くらい壊れている。
夏は、大学に人がいないので壊れない。
でも、直す業者も夏休みで遅いかもしれないから、なかなか直らないかもしれない。

調べてみると、水の質やら圧力やら、水道側の問題はあるようだ。
しかし、トイレは電化製品ではない。すごく高度な機械じかけが駆使されているわけでもあるまい。
それなりの高い工業基準で作られたトイレが、正しい技術を持った施工者によって設置されれば、「3年くらいは壊れないトイレ」がイギリス各地でありがたがられるに違いない!

私のような庶民が普段行く場所の中で正しいトイレを備えた唯一の場所は、マックである。
なお、イギリスのマックは内装もきれいで、値段も安いので、貴重である。
イギリスマックの小便器は、日本でもたまに見る水無し便器。
水が節約できるとか、色々書いてある。
2年間イギリスに住んでて、どのマックでもこの便器が壊れているのを見たことがないし、臭ったこともない。なので、多分優秀なんだろう。でも、素人なので技術の側面は知りません。。。

TOTO のような企業がイギリスを席巻してくれないか!?
調べてみると、TOTO はイギリスに参入したらしい。
安い便器でなくて、ウォッシュレットの高級便器を売り込んだとのこと。
単価が高いからだろうか。
ところが、イギリス人と1年くらい付き合っていると容易に想像できるように、ウオッシュレットはイギリスで普及していない。
ガラパコス化の顕れに見える。
理由はどうあれ、少なくとも現時点では、イギリスの会社や個人がウオッシュレットを買うことは私には想像しにくい。
一方、「普通に動いて壊れにくいトイレ」は私の望みであるとともに、イギリス人も、もしあれば嬉しいだろう。
余計な出費も時間の浪費も減らせる。

技術やビジネスのことは分からないのですが、誰か、「普通のトイレ」をイギリスに普及させて下さい。

2016年6月13日

算数ができないと景気が回る?

平均的なイギリス人の算数がいまいちであることは、比較的有名である。

私が算数を生業としているからといって高い基準を言いたいのではない。

空港行きのバスに乗った。
料金は往復6ポンド。
ぴったりのお金を持っていなかった。
イギリス国の1ポンド玉は、日本国の100円玉より3倍ぐらい(?)分厚いので、なるべく避けたい(これ自体改善してほしいのだが)。
5ポンドは紙幣なので軽い。
そこで、多分駄目だろうと思いつつ、11ポンド(10ポンド札 + 1ポンド玉)を運転手に出してみる。
5ポンド紙幣がお釣りで返ってくる、、、のは稀有である。

運転手は、怪訝な表情をして、まず、1ポンド玉を自分に返してきた。
次に、1ポンド玉を4枚出してきた。
これから海外出張だというのに財布が重い!

まとめ:11 - 6 = 5 はできない。
その運転手が特別なのではなくて、よくある。
でも、イギリスの算数教育について物申す気はない。
イギリスの教育には、過去のブログ [イギリスの小学校, イギリスの小学校(その2)]にも書いたように良い点がいくつもある。

「算数ができないから個人消費の経済循環が良い」

という新説(?)を主張してみる。
これは、すでに誰かが述べているかもしれないし、経済学的に誤りかもしれない。私は専門家ではないし、下調べもしてません、と先に言い訳をしておきます。

さて、日本を見ると、みんなが貯蓄してしまって消費に振り向けない。だから、市場にお金が回らず、景気回復のエンジンが入らないのだ、という議論をよく見る。
貯蓄に行きやすい理由として、将来への不安、そうでなくても貯蓄ということが好きな国民性、などがあるかもしれない。
ただ、国民のほとんどが基礎的な算数をできる、というのが貯蓄という行動の前提条件である、と考えてみた。

算数が盛んな日本でも、例えば、福利計算の仕組みを分かってる人はそんなに多くない。
しかし、どれくらい使うとどれくらい減って、これ位貯めていくとこれくらいの感じで貯まっていく、といった計算。あるいは感覚。
「稼ぎの40%が家賃になってしまうと家賃が高すぎるのでまずい」という時の40%という数字。
こういう数字は、具体的に電卓で計算する場合もあるだろう。数字をはじき出すことはしないが、どんぶり勘定で何となく頭で分かっている、という場合もあるだろう。どちらの場合にしても、2,3桁の足し算から割り算くらいまでがしっかり経験済だから分かるのだ、と言いたい。そうでない人は、1ヶ月に2万円貯めると1年で24万円になるということを、たとえ電卓を使ったとしても十分に理解できないかもしれない。「40%」なんて概念は、肌感覚として分からないのではないだろうか。
だから悪い、と言いたいのではない。むしろ逆で、そのお陰で景気が回りやすい? と言ってみたい。

おしなべて言えば日本人はこういったお金の勘定に長けている、と仮定する。すると、将来が分からないような状況で、消費に大きく振り向けることはしない人が多い、となる。老後もこれくらいお金がかかるし、と考えたりもして。あるいは、普段からしてこんなに使うとまずい、と何となく分かったりもして。日本人にありがちなリスク回避思考と相乗効果なのかもしれない。

一方、10や20までの足し算や割り算が怪しい国では、そういうことを考える人が圧倒的に少なそうだ。そういう人は、多分、自分の稼ぎに対してどれだけ使っていいのかが分からない。どれだけ使ったかも計算できない。電卓があっても、である。そういう雑誌やニュースが言っていることも理解をできない。結果として、収入に比して多い消費をしてくれるので、お金が市場に出てきて国民レベルで(家計収入の割に)個人消費が活発であり、景気も回りやすい。。。本当かな?

2016年3月8日

教授になりたい人は自分で手を挙げる

助教 → 講師 → 准(じゅん)教授 → 教授

これは、日本の大学教員の典型的な職階である。特任、特命、専任、テニュアトラック、といった修飾語が前につくと意味合いが変化するが、細かいので触れない。

イギリスでは

Lecturer(=講師) → Senior Lecturer → Reader → Professor(=教授)

が典型的だ。最近では、アメリカ式に合わせて、真ん中の2つを統合して Associate Professor(=准教授)にする大学も増えている。

さて、昇進するためには2つの標準的な方法がある。

(1) 他の大学に異動して昇進する。
(2) 自分の大学の中で昇進する。

今回の本題は (2) だが、まず (1) について説明する。

社内異動という言葉がある。なので、「異動」と言うと、大学関係者以外の方は、社内での配置換えを思い浮かべるかもしれない。ここでは、そうではなくて、例えば大阪大学の助教や講師だった人が九州大学の准教授になる、という状況を指す。大阪大学と九州大学は別の「会社」だ。したがって、普通、こういう異動は社内異動のように上からの命令によって起こるわけではない。人事公募に自ら応募したり、あるいは相手大学側に一本釣りされたりすることによって (1) は成立する。イギリスも同じである。選択基準は日本とイギリスでかなり異なるけれども。

さて、(2) の昇進はどうやって起こるのか。

日本:首を長くして待つ。
イギリス:自薦。

イギリスでは「オレ教授になりたいです」と自ら手を挙げるのだ!
これには驚いた。

日本では、次に誰を教授に昇進させるかは、例外なく現職の教授達が決める。
准教授の人が、「そろそろ私を教授にしてくれませんかねぇ」とか言って教授(陣)に掛け合うことは、自分の理解によればご法度中のご法度である。なお、上記 (1) の昇進を狙って他大学の教授公募に応募を出すことは、特に問題ない(ただし、「それも良くない」と言う大学人もいらっしゃるとは思う)。

私の大学では年に1回昇進シーズンがある。「オレ教授になりたいです」という人を審査するのだ。自分の広い意味での業績を 20〜30 ページにまとめ、審査書類として提出するらしい。今までに発表した論文の説明に加えて、研究費獲得状況、教育実績、大学の業務経験なども書くらしい。単なる羅列ではなく、良いエッセイでなければいけないらしい。その提出書類に基いて、学部外の審査員も含む審査会が、昇進の可否を決める。

日本の大学関係者は、ここで多分大きな疑問を1つ抱く。

「でも、教授の定数は決まってるでしょう?」

そう、日本の国立大学では A 学科は教授 6 人、B 学科は教授 11 人という風に、厳格に教授の定数が決まっている。この定数を増やすことは困難だ。何々大学が新しい学科を作りました、というニュースは時折あるが、教授の定数が湧いて増えるわけではない場合がほとんどだろう。その分、関連学科が教授枠を供与したり、1人の教授が2人の学科(=元の所属学科と新設学科)を忙しく掛け持ちしたりしているのだ。

注:正しくは、「国立大学」→「国立大学法人」、「学科」→「専攻」などなどだが、読みやすさを重視して単純化した。

ブリストル大学の私の学科には、去年の夏まで教授が7人いた。
日本の常識だと次のようになる。
もし「教授定数 = 7」ならば、誰かが辞める(定年退職の場合が多い)か、大学内の他の場所から教授枠を相当うまく引っ張って来るか、助教枠を 2 つつぶして教授枠 1 つに振り替えるとかしない限り、誰も新しい教授になれない。

ところが、こういったことなしに、8 人目の教授が秋に誕生した。

教授定数、なるものは存在しないのである。

上の人曰く:

「確かに、みんながみんな教授になったら困る。でも、定年退職とかで減りもするから長い目で見れば大丈夫だよね」

なるほど。

2015年10月2日

美しく写る富士山を探す研究

富士山は、静岡県側と山梨県側のどっちから美しく見えるか?
大学・研究所の研究仕事も、しばしば、山がきれいに写る角度を探す作業である。

出てきた研究成果が富士山ならば、誰も文句を言うまい。
どこから見ても富士山は富士山だ。
こんな研究を日々目指す。

ただし、富士山級は簡単には生み出せない。
そして、富士山狙いが良い研究姿勢とは限らず、以下の2つの戦略がある。

戦略その1

山のない地域に、小さ目でもいいので山を立てる。
そうすると、人々は「おや、こんな所にも山があるのか」と思って注目し始める。
この地域は、今まであまり研究の手が行き届いていなかったので、そもそも山が立つのか、山をどう作っていけばいいのか、山の植生はどうなるのか、などの知識がなかった。
そういう地域に山を立てて第一号になり、後続を導くのである。
研究は、一番目にやることが大事だ。
すると、質はそこそこの論文でも、始祖として歴史に刻まれる。
ビジネスで言うブルーオーシャン。

一方、大きい山がすでにたくさんある所に同じような大きさの山を立てても、目立たないかもしれない。
日本アルプスには3000メートル級の山が約20峰ある。
でも、名前を知ってる山がどれだけありますか?
ヒマラヤには8000メートル級の山が14峰ある。
でも、エベレスト以外を知っている人は少ない。

ただし、山のない所にとにかく山を立てればいい、というわけではない。次のような山は失格である。

(1) 無人島に立てた山。誰も来れない。
→ どこかの分野には結びついた論文を書かないと、さすがに誰も見てくれない。

(2) 50メートルの山。山なんだか坂なんだか分からない。
→ 質が悪すぎてはいけない。

(3) 500メートル級だが醜い山。ゴミ山だったり、コンクリートでできていたり。
→ 研究結果としての到達点は合格点でも、論文として構成がまずすぎたり、判読不能な英語や論理展開で書かれていたりしてはいけない。

戦略その2

先日、ある作業結果について、どういう風に論文にしようか、あるいは論文にするのをやめて撤退しようか、について悶々としていた。
そして、「ああ、こういう色付けをすればいいんだ」と気づいた。
これは、山を見る角度を探す研究態度である。

山はとりあえず作った。
これ以上大きくするのは困難なので、とりあえずやらない。
ただ、どこから見ると一番眺望が良いかを、ものすごく真剣に検討する。
すると、何も内容は変わっていないのに、最初はつまらなく見えたものが面白く見え始めることがある。
「よし、その路線で行こう」と決めたら、次にやることは、「正面は(実は)こっちですよ」と言って、交通を誘致し、展望台を設けて、観光客を導くことである。

「そんな小手先に時間をかけるなら、新しい研究にとりかかれ」と言う人もいるだろう。
ところが、角度を見つけてあげることによって生き返る研究は、結構ある。

他の地域から観光客を連れて来ることも、同様の効果を発揮する。
特に、他の地域から来た人は、地元の人とは違う方向から山を眺めたいと思うかもしれない。
彼らは土地に不案内なので、観光バス・電車がスムーズに運行されること、交通標識や誘導が分かりやすいこと、売り込みたい眺望が拝める場所に観光ホテルを建てること、は概して有効である。

富士山ならば、眺望について考えずとも、断トツに高いから人が集まる。
しかも、周りに高い山がない。
鬼に金棒。「すげえ研究」だ。
なんやかんや言って、やっぱり目指すは富士山。

2015年9月24日

イギリスの小学校(その2)

たった3ヶ月前に書いたポスト「イギリスの小学校」と重複がありますが、第二弾です。

海外に出ると日本の良さが分かる、というのは本当である。
最近の日本の小学校についてはよく知らないが、日本の小学校教育は次の点でイギリスよりも優れているように思う。

カリキュラムが国レベルで統一されていて、大体守られている。イギリスでは、学校ごとの裁量に任されている。教科書もない。なので、単元 A を卒業までに習わない小学校(教科書のそのページまでたどりつけなかったからではなくて)と、単元 A を習う小学校が混在する。少なくとも国語と算数(特に算数)については、国レベルのカリキュラムがあって、参考教材もある程度の選択肢をもって体系的に提供されているとよいように感じる。

このことと関係して、日本の教育は、繰り返しごとを身につけるのには強い。自分が住んでいる地域のことしか知らないが、イギリスの教育は、同じことを何度も繰り返してやっと身につく有用な知識・技術をつけさせることは、苦手と見える。先生がそういう計画を立てることはあるが、色々な理由で途中で頓挫してしまう。最初に立てる計画も、日本ほど周到ではない。その結果、引き算や九九ができない大人は多いようだ。日本の高校数学はとても難しく、また、つまらなく、あれがなぜ必修科目なのかよく分からない。しかし、2, 3 桁の足し算引き算、九九は人生に役立つ。有名な逸話だが、簡単なお釣りの計算をできない店員が多い、というのは本当である。

国語にしても、もし中国語や日本語のように大量の文字(=漢字)を覚える必要がある言語だったら、イギリスはどうなるのだろうと思った。英語でも、山のようにたくさん単語はある。小学校卒業時点ではどれくらいの語彙力、綴り力がつくのだろうか。とはいえ、イギリスの平均的な成人は、自分よりは遥かに多くの単語を知ってるわけだよね。うーむ、わからん。

逆に、イギリスの小学校が日本より強いことは何だろう?

先生が自信を持ってやっている。
少なくとも、親にはそのように見える。
No を No と言える文化であることが大きく関係しているように思う。

個々の児童を見る。「他人と比べて」、「平均と比べて」という話題は、親と先生との個人面談でも出ない。
また、英語が母国語でない児童(=私の娘)に対して、一対一で英語の訓練をするための人員を割いてくれたりする。娘は、その時間帯だけ、クラスから抜けだして他の部屋で一対一のレッスンをする(羨ましい!)。誰それだけ特別扱いだ、とかいう風にはならない。

子どもにとって楽しいイベントが多い。
特に、パーティ的なものが多い。
日本は、事故、違反、少数の親からのクレームなど「何か起こってしまったらどうしよう」という論理で学校教育が組み立てられていて、この辺が年々難しくなっているように見受ける。外からの想像ですが。どうでしょう?

例えば算数や英語で、クラスの中で習熟度別にグループを分ける。
そのことが特に軋轢にはならない。
平均より下のグループだからどうこう、という思考回路でないからうまく行っている?

コンピューター、人前でのプレゼンテーション、お金の計算、性教育など、実用的なことをやる。

一言で言えば、良くも悪くもイギリスの方が日本よりも全体的に緩い。とはいえ、マナーや、人生の中で大事なことは日本に近いレベルでしつけてくれている(ように見える)。

自分の子どもが通う小学校の先生たちは、とても良い。なので、増田家の方針は、小学校を全面的に信頼しつつ、反復練習が必要な項目は公文・英語のドリル・本などで補強するということである。小学校低学年の勉強時間が増えるのは、自分も好みでないのだが。1日1時間を超えないように。また、毎日の習慣化してしまうように。
これで万全。。。

じゃない! 日本もイギリスも、小学校教育で欠けてると感じることがある。
それは「野生」。
「かわいい子には旅をさせよ」が両国ともとても足りない。
イギリスでは、子どもの権利が日本よりとても強い。その長所はあるが、甘やかしが多いとは感じる。端的に言えば、男女関わらず、小学校 1, 2 年生くらいになっても「ママー、ママー」と言ってるような感じの子が多い(ちょっと誇張)。
翻って日本を見ると、「ママー」は聞かない。しかし、我が子が平均値周辺から外に出過ぎてはいけない、無難なのが良い、という価値観が支配して野生が磨かれないのは、想像に難くない。

子どもが成人する15〜20年後には、日本、イギリス両国とも国際的な競争力や活力が今より落ちるかもしれない。その分、他の元気な国が台頭してくる。元気な国の中には、若者人口が多いことや天然資源に頼って元気である国もあるだろうが、野生が人材を生み出し、人材が価値を生み出してくる国もあるだろう。
自律というか、挑戦というか、冒険というか、かわいい小学生にも色々な旅をさせたいものだ。

2015年8月9日

お金があれば

日本のみならずイギリスでも、研究者への道はお金に興味がない人が行く、という暗黙の了解を感じる。
しかし、最近お金に興味が出てきた。
お金がかかるからである。何が悪い!

「お金で幸せは買えない」と言う。
しかし、「お金で幸せを買える」と感じる状況が多過ぎる。
そのほとんどは、3人の子どもを2人で育てていることに起因する。

  • 家族が年に1回日本に帰るのはとても良いことだが、航空券代が高い。
  • お金があれば、一番下の子どもを保育園に預けることができて、私と妻のストレスが激減する(たぶん)。
  • お金があれば、車を買うなりもう少し頻繁に借りるなどして遠出をすれば、皆ハッピーである。
  • イギリスは高校までは教育費を気にする必要がなさそうだ(裏をとってないが)。しかし、大学に行く子のほとんどが自宅から遠い大学に入って一人暮らしをする、という理由もあって、大学はかなり高いようだ。

などなど。おっと、理由をイギリス色を入れて並べたところで仕方がない。日本が経済大国でなくなりつつある現在(イギリスも経済大国ではない)、どの家だってお金があるに越したことはなかろう。

そこで、多少の兼業を模索し始めることにした。

東大の教員だった頃、世間の目をはばらかずに行える兼業は出版のみであるように思っていた。出版は私もしていたので、兼業(と呼ぶかどうかは別として)が初めてというわけではない。一方、他の種類の兼業については、大学の業務があるわけなので、規定は概して厳しいと感じていた。

イギリスにも兼業規定はあるが、日本のようにがんじがらめではない。なので(もちろん規定に触らない範囲で)兼業を模索してみよう! もちろん、研究・教育が主で、かつ、家族を犠牲にせずにできる範囲内で。「高収入だが夜も帰れない」的になっては本末転倒だ。また、やりたくないことまではやらない。

そして、兼業の目的はお金のみにあらず。自分の分野柄、新しい人と人とのつながりが新たな研究を生むことは大いに期待できる。イギリスの研究世界は、日本よりも強く企業との連携をプッシュし、企業も日本よりはかなり乗り気であることが多い、という現実もある。そもそも、最近、私の研究は、数学・物理学的理論だけをやっていた2007年頃までと異なり、社会や生物のデータを扱う方向に変化している。自分だけでなく、私の研究分野のトレンド自体がそうである。そのせいか、兼業のことはさて置いても、大学業界の中だけにいると発想が限定される、とさえ感じる。これは、去年イギリスに来てから起こった価値観の変化である。「ネットワーク科学」は本当に世の中の何に役立つんだろう? これは、一部では良い答が出ているが、自分ももっと本気で考えて行かなければならんのです。

自分に何ができるか、何がユニークか。今までの実績も含めて、以下整理してみます。

  • 本の出版。私の主専門である「ネットワーク」についての新書が3冊、専門書が2冊。他のテーマもある程度書けると思う。
  • 記事の執筆やインタビュー記事、対談など。過去のリストはこちら。街中で売っている雑誌、オンライン媒体、ラジオなど。ほとんど全てが「ネットワーク」についての記事。媒体によっては無料で引き受けさせて頂くこともある(楽しい、あるいは宣伝になるのでよい)。
  • 研究者関係以外に向けての講演。
  • 「ネットワーク」に関する調査(私がデータを集めるという意味ではなく、データ解析手法や国内・海外事例の説明など)、データ解析(ソーシャル・ネットワークなど)の相談など。顧客名が挙げられないのでリストにはしていませんが、今までに有償で数件。
  • 「ネットワーク」以外の私の専門で、自分の強みがユニークに生かされるテーマについて、上記と同様の仕事。「べき則」、「格差」、「協力」など。
  • イギリスの生活、教育、大学の様子などについて書いたりしゃべったりすること。現在はブログで書いている。
  • イギリスや日本における子育てについて書いたりしゃべったりすること。やはり、ブログに書いている。

自分のセールス・ポイント(あえて書きます)

  • 分かりやすく書くこと、しゃべること、は理系の人にしてはかなり得意(過去の新書やメディア記事ブログなどを参照)。
  • 経歴が分かりやすい(東大卒、元東大教員、あえて辞めてイギリスの大学に就職)。
  • 「ネットワーク」の専門家として通じていること。

まずは、ブログをもう少し頻繁に(しかし、楽しんで書く範囲で)書こうと思います。
本投稿のシェア、賛成・反対意見等、大歓迎です(私個人にメッセージして頂いても構いません)。また、この投稿の内容は、色々な方の意見を吸収してから、分かりやすい形にしてホームページや Facebook に載せる予定。

2015年7月14日

2週間シングルファーザー

夏。家族の事情で、妻は自分より2週間早く日本へ。
3人娘のうち2人を連れて。

残った長女(6歳)は、父と2人暮らしである。

母と離れて暮らすのは初めてではない。三女出産の時は、長女と次女と自分の3人で、5日程度生活した(注:ジジババその他の手伝いは無し)。しかし、その時は当然、三女誕生を中心に生活が回った。つまり、弁当を買って、保育園から降園して、病院に行って皆で夕飯を食べる。それが毎日のハイライト。よって、毎日母に会えた。この生活パターンは「日常」ではない。

今回は全くの日常である。小学校や習い事がある普通の2週間。母に会えるわけでもない。時差があり、日本側では三女がギャーギャー言ってるので、skype や電話もできない(実際、一回もしなかった)。
この間、仕事をできないと覚悟を定めた。

1日目。妻、次女、三女を見送って家に帰る。
家についた途端、長女は「ママに手紙を書く」と言って便箋を持ってくる。
始まったばかりだぞ!

2日目。月曜日。今日から学校です。
予想通り3時間位しか仕事できない。長女は本好きで、家で勝手に本を読んでてくれることもあるが、基本的には「遊ぼう」とせがんでくる。次女もいると、勝手に2人で遊んでてくれるので、その意味では楽だ。じゃ、次女も置いてってもらった方がよかった? ... それはあり得ない。

3日目。妻がスープ用の野菜を切って冷凍してくれたおかげもあるが、10年以上真面目に料理してない自分が、普通に自炊できてることに気づく。一人暮らしの頃に、自炊してた時期が1年位はあるので、その頃が思い出される。

一人暮らしなら、雑になっても、外食が続いても、まあ困らない。しかし、今回は子どもに食べさせるので、あまり手を抜けない。疲れる。朝食を作り終わったら、夕食のメニューを考えてる、ああこの感覚!

6日目。炊事、食器洗い、洗濯、学校の送り迎え(がイギリスでは義務化されている)、公文、寝かしつけ、掃除。ひとつひとつはできる作業である(炊事と掃除は普段やってないので比較的苦手であることを認める)。ところが、全部やってこそ主夫である(専業主婦が全部をやるべきとは思わないけど)。主夫業は、三女誕生の5日程度を除けば、初めてだ。日に日に疲れがたまってくる。

普段、妻は「やっと週末だ」と言う。小学校がなく、ゆったりできるから。
自分は「週末が憂鬱だ」と言う。子どもと一日中べったりで疲労困憊するから。
ところが、今日は、自分も「やっと週末だ」と思う。あれれ?

7日目。疲労の心配を除けば、自分の優先事項は「2週間嫌だった」と長女に思わせたくないことである。2週間父と2人、というのは娘にとって多分印象深いできごとだ。6才の大きなイベントなんて、20年後も結構覚えているものだ。ということは、娘も一生覚えているかもしれない。

20年の計である。したがって、週末もそれなりに楽しくしたい。土曜は電車で一時間の Cardiff のお祭りに出かけ、友人のピアノの発表会にも行く。日曜日は近所の体育館でやってるローラー・スケートを滑るイベントに出かける。無理しすぎ? 幸い、友だちが夕食に招待してくれる。ありがとう。

20年の計に従って、怒る回数も普段よりかなり少ない。怒るのが多いと「2週間嫌だった」という方向にしか行かない。目先の論理で怒らない。忍耐。娘は、そこにつけこんで普段より甘えてきてる気もするんですけど。

10日目。疲労やばい。夜中も、けっこうな頻度で起こされてしまうので、眠れてない。「うわぁー」と叫んだり、「怖い夢を見た」と言って起こしにきたり。他にもいろいろうるさいし。。
ちなみに、普段は自分は別室で寝てて、睡眠面で楽させてもらっている。

11日目。栄養バランスや味としては問題ないと思うが、食事がパターン化されてることが目立つようになってきた。長女がどう思っているかは分からんが。このパターン化された食事で2ヶ月だったらアウトだろうな。新しい料理を試す気力はさすがに起きない。

13日目。もう少しだ!

14日目。日本へ。
おりこうさんでした。20年後、覚えているかな?
父にとっても、一大イベントでした。

意外だったのは、イギリスの中でも「俺にはできない」と言っていた(イギリス人などの)父親が多かったこと。一方、自分より子育て度の高い父親は、イギリスには半分かそれ以上いる気がするし、日本の男友だちで兼業主夫の人も少しだがいる。
一週間でいいので、興味あればぜひやってみて下さい。
自分は多分来年もやります。

2015年6月21日

イギリスの小学校

ひとつの事例に過ぎないが、娘が通うイギリスの小学校について。

長期休みは、日本と驚くほど一致している。夏休みと冬休みはほとんど同じ期間。日本の春休みは、イギリスではイースターの2週間休みに相当し、年によって日が前後するが、時期・長さとも日本と大体同じである。

日本は3学期制である。イギリスでは、各学期の真ん中に1週間の休み(ターム・ホリデイ)があり、6学期制と見なせる。日本人である私や妻としては、この1週間休みをどう過ごしてよいか分からずうろたえる。イギリス人も、特に共働きの家庭(過半数)は、時にうろたえているように見えることがある。1日スポーツ教室などが開催されるが、それなりに高い。無料のイベントも探せばある。

長期休みも含めて、休み中には宿題が出ない。日本のように「夏休みの宿題」が何となく気になったまま休みが過ぎて8月下旬に突貫工事で仕上げる、という現象は起こらない。めりはりがついている。休暇は休暇。

学期末の放課後にディスコ・パーティがある。体育館で行われ、ミラーボールなどが現れる。

放課後に、歌クラブ、体操クラブ、理科クラブ、アートクラブ、などが、週1回、1時間 × 6週間程度しばしば開催される。1回平均800円程度。

小学校2年生までらしいが、クラスの皆を招いての誕生パーティが、頻繁に行われる。誕生日が近いクラスメートがいれば毎週のように招かれることもあり、子どもは楽しそうだ。

ブリストル市の小学校を知る限り、校庭は特に広くない。この点、特別なことはない。

今年から、小学校2年生まで給食が無料になった。去年は有料だったので、この変更は歓迎なのだが、給食にケーキやアイスなど、しょうもない甘いものが出る。イギリスに肥満が多いことは言うまでもない。ただし、「食生活を正そう」という啓蒙活動・教育は、小学校でも行われていて、イギリス人が食育に無関心なわけでは必ずしもない。今後に期待!? 我が家としては、家庭の食育が特に大事となる。

4歳入学である。早い! 4歳児は0年生ということになっていて、本格的な勉強が始まるのは1年生になってから。

公立小学校の入学は応募制であり、第3希望まで書く。日本のように学区内に住めば必ず入学できるわけではなく、人気のある小学校にはなかなか入れない。日本の保育園と似ている。学校からの距離が近い順に入学が決まる。定員は厳密に守られる。「何々小学校では、学校から 1.02km までに住む児童に入学許可が出ました」という情報が公開される。この競争は、小学校よりも中・高等学校の選択においてより重要である。学業が真剣になってくるからである。行きたい(公立)中・高等学校に子どもを入れるために学校の近くに引越す人が、結構いる。

親が登下校に付き沿う規則であり、親は大変である。ただし、高学年ではちゃんと守られていないように見える。

登下校や保護者面談などの父親の参加率は、予想通り日本より高い。「父親(や祖父)が小学校に来て子どもと一緒に昼食を食べる日」なんてのもある。

日本のような時間割は存在しないようである。

イギリス人は、日本人に比べてきっちり物事を決めて実行することが平均的に苦手であると思う。なので、宿題は頻繁に出るのだが、何をすべきかが不明確だったり、提出したか否かをチェックされなかったりする。ただし、すべきことが不明確なことには、よい面もある。自分で解釈してある程度創造的に行うことが求められるからである。答が決まってないことに取り組むのは、社会に出ると役立つはずである。自分の子はまだ小学校1年生なので、解釈や創造性を発揮しなければならないのは主に親であり、大変。

関係して、英語や算数などの細かな技術は、学校内の勉強をやるだけでは多分足りない。反復練習や体系的な積み立てが必要だ。この点、イギリスは日本にかなり劣る。我が家では、日本でやっていた公文(公文について以前に書いた記事はこちら)を継続し、英語のドリルや書き取りも加えて、毎日決まった量だけやっている。親は大変。

子ども間の比較をしない。先生と個別面談したりする機会は結構あるのだが、平均と比べてどうとか、標準はこの位なのでもう少しがんがりましょう、といった話は一切出ない。あくまで、自分の娘が絶対基準で今はどこに居て、次にどういう目標で何をするか、を話しあう。ただ、目標や今後の行動をしっかり決めても、タスクが全て実行されるとは限らず、日本人が仕事基準で期待するような精度よりは全般的に低い。ただ、今の担任の先生は信頼でき、精度も OK で、満足している。

子どもを能力別に分けて学習させることがある。算数で、到達度別に5個くらいのグループに分けて、それぞれの勉強を行う。

先生が自信を持っているように見える。素敵な先生が多い。ただし、地雷教師は少ないけど存在し、当たらないように祈るばかり。

学校側が、親のボランティアをよく募る。遠足に行くので子どもを見るヘルプに来れる人はお願いしますとか、教室での学習の手助け(本を読む係など)、通学時の交通整理、PTA など。うちは妹達もいるので今のところ到底無理だが、結構多くの親が手伝っている。この助ける精神がキリスト教と関係しているのか否か、現時点ではよく分からない。日本だと、皆やりたがらないので、学年の始めに全部の親に均等に仕事を割り振るなんて話も聞きました。

小さなことでも褒めどころを見つけて、子どもをよく表彰する。うちの子も、よく表彰状をもらってくる。全校生徒の前で受け取るらしいので、度胸の意味でもいい練習だ。

2015年3月6日

イギリスでハーフマラソン

イギリスでハーフマラソンに出た。

イギリスに来て丁度一年になった。しかし、職場と子どもつながり以外の人間関係はまだ乏しいので、一人でもできるこういう趣味は大事である。

参加者1万5千人。ブリストルの隣町 Bath(「風呂」の語源である)で行われるこのマラソンは、イギリス国内でも人気とのこと。

ハーフマラソンそのものは、日本でも何回か走ったので、特別なことはない(ハーフマラソンについて昔書いたブログはこちら)。淡々といつもの準備をして本番に臨むのみ。日本との違い:

  • 女性が多い。日本でも増えてきているようだが、この大会を見る限り、イギリスの方が女子率が高かった。

  • 自分のためでなく何かのために走ってる人の割合がすごく高い。アフリカのとある国の発展のため、がんの啓発、アルツハイマーの啓発など。ファンドレイジングという考え方が浸透してるからでしょう。こういうランナー達は、自分の団体のTシャツや、目立つけど重そうなコスチュームを来て走っている。日本にもいるが、少ない。

    このことも多分理由で、イギリスは、大会全体の雰囲気というのを感じる。日本は、個々や、個々の友だちグループ・走友会が走っている感じ。どっちが良い悪いと言いたいわけではない。面白い違いだと思った。

  • タイムを気にする人が少ない。日本だと、1km ごとの標識ごとに時計を見たりゴールラインでストップウォッチを止めたりする人は多い。あれは、テレビ中継で見られるだけではなく、自分を含む市民ランナーの多くもやっているのです。イギリスでは、そういう人は、ほんの少ししかいなかった。チャリティーのために走る人が多いことと関係あるのかもしれない。

  • マイル表示である。1マイル = 1.6 km と知ってても、かなり調子が崩れる。ハーフマラソンは13マイル(強)であり、「13ちょっとで終わり」とは皆思っている。日本だと、42.195 km というマラソンの距離は有名な数字なので、その半分ということで、ハーフマラソンが20 km と少し(細かく言うと 21 kmと少し)であることは、多くの人が知っている。13ですか。ピンと来ない。

    日本の長距離ファン(ないしランナー)の人は、テレビなどの影響もあり、駅伝やマラソンのトップ選手は 1 km を3分程度で走ること、2分50秒だと結構速いことなどを知っている。1 km 3分は、換算すると1マイル5分。自分のレベルだと、1 km を5分で走れば1マイル8分。うーん、慣れない。

無事に完走できた。なお、ここ4年くらい、「走ると右足のふくらはぎと足裏だけ痛くなる病」を患ってる。普段は痛くない。まだ日本に住んでいたときに色んな医者等に診てもらったが、原因不明のまま。でも、まあ何とか練習して何とか完走(タイムは良くないが。ああ、やっぱりタイムを気にしてる自分!)。コンパートメント症候群か脊椎管狭窄症のようですが、良くわかりません。耳寄りな情報をお持ちの方は教えて下さい。

2015年1月18日

ブリストルの空事情

極東とはよく言ったものである。
英語で Far East
ヨーロッパ側から見て、ということになる。

私の分野を含む多くの学術研究の分野において、研究の中心地は欧米である。
欧へ行くには飛行機乗ってるだけで約半日。乗り換えが必要なら、丸一日行程になることも多く、時差もきつい。
米へ行くにも同様。
先進国オーストラリアは、研究においてもおしなべて先進国であるが、やはりシドニー行くだけで半日程度のフライトである。
シンガポールでさえ7時間強。モスクワも10時間。

遠い、遠い、遠い! Far, Far, Far!

ブリストルの空事情は優れている。

ブリストルは、人口でイギリスで8番目(43.7万人 = 2013年現在)の都市である。
そんなブリストルでも、空港は国際空港である。
家から空港までは、歩き20分 + バス10分。とても便利。
そして、驚くほど多くの都市へ直行便で行ける。60都市以上。羽田と大差ない。
最近、モロッコの第四の都市マラケシュで学会が行われた。ブリストルから週2回だが直行便が飛んでることに驚いた(もちろん使った)。

マラケシュは観光地なので直行便が飛んでいる。
したがって、スペインやギリシャの多くの都市へは、ブリストルからでも直行便が飛んでいる。
ドイツ人が面白いことを言っていた。ドイツの都市Aから都市B(AとBの間は電車では行けない位に離れているとする)に行くのに、最短路を検索すると、スペインのマヨルカ島経由の乗り継ぎフライトが出てくるそうである。

ブリストルからの国際便の行き先は、ほとんどがヨーロッパである(マラケシュは例外)。
昔は、ブリストル = ニューヨーク、という直行便が飛んでて、多くの同僚が重宝していたらしい。
これは今はなくなった。
アメリカや日本などに行くなら、どこかで一回乗り換えるか、ブリストルからロンドン (Heathrow) 空港までバスで行って(片道2時間)、そこから直行便(例えば成田行)に乗る。

仕事でなく旅行だとすると、お値段が気になる。

日本でもそれなりに知られているが、easyJet と RYANAIR(ライアンエアー)という2つの格安航空会社が幅を効かせている。実際、ブリストル空港の駐機場の幅の大部分がこの2社で占められている、と言っても大げさではない。
片道 5000〜10000 円で飛べる場合が多々ある。安い!
これを利してもっと旅行したいものである。私がそれを簡単にできない理由は、仕事ではなく子どもである。子どもにもほぼフル料金が課される。我が家のように3人子どもがいると、格安航空券のメリットは吹っ飛んでしまう。もっとも、格安航空券でなくても同じことは言えるし、日本でもそうである。それでも安いことは安い。そのうち旅行の選択肢に上がってくるだろう。

2014年12月7日

イギリスの歯医者

先日、フロスをかけていたら、銀歯が取れてしまった。
アホなことに、取れた銀歯を失くしてしまった。。。

イギリスの医療が無料ということになっている。
しかし、イギリスの医療は非常に残念である。日本人にとって、イギリスの最大残念かもしれない。町医者にかかってからでないと病院で診てもらえないが、町医者の段階での待ち時間が長い、病院になかなか回してもらえない、町医者のモチベーションが低いなど。これについてはウェブに色々な記事があるので、以下では触れない。

歯科も(そもそも無料ではないが)然り。
銀歯が取れるのは、日本ならそれなりの事態であり、早めに歯科に行って治してもらうといった所だろう。ところが、イギリスでは、1ヶ月なり半年待ちだったり、詰め物の材質が悪いとか、技術が低いとか、色々あるらしい。歯科に限らないが、国が予算をあまり割いてないので、医師のモチベーションも低いらしい。これは、個々の医師のせいではあるまい。日本で、医療費がさほど高くないのに医者の収入が高いのは、国がたくさんお金を出してるからのはずだ。

金持ちは、高いお金を払ってプライベート病院に行く。プライベート歯科医院の料金表を見てみると、確かにかなり高い。だが、検討の末、行ってみることにした。

  1. 朝9時に着く(金曜だった)。
  2. 初診は検査が必要らしく、早くて翌週火曜とのこと。でも、1〜2時間後にキャンセルが出そうで、もしそうなったら診てくれるとのこと。
  3. 結局キャンセルは出て、10時半から診察。
  4. 日本でも高級な歯科医院でしか見たことがないハイテク機器でレントゲンを取り、(日本でもあるように)先生が一本ずつ歯を見て、データをつける。説明も丁寧。
  5. その場で30分で銀歯を作れるとのこと。やってもらう。詰め物の強度を増すために少しだけ歯を削って、その場で銀歯(液体ベース?)を入れる。
  6. 11時半に全部終了。日本だと型を取って一旦帰り、一週間後にまた来院して作った銀歯を入れる、というのが普通だと思う。しかし、自分で固まる素材らしく、一回で終わってしまった。違和感もなし。

料金は 25,000 円(156ポンド)。
内訳は、初診料と銀歯代が半分位ずつ。ということは、2回目は初診料はかからないのかな。
日本よりは遥かに高い。日本では保険が効かなくてもこれよりは安いでしょう。ただ、25,000 円払えば、イギリスにも素晴らしい医療があるようだ。銀歯がすぐ取れてしまう心配は、1ヶ月くらい日常生活してからでないと分からないけど、今回の状況からすると大丈夫そうだ(分からんけど)。

ともかく、25,000 円の価値があった。
もうひとつの大きい収穫は、歯を治療するための一連の流れを知ったこと。
こういうノウハウは、まだよく分からぬ現地に住んでいく上での安心材料となる。
ノウハウを1つ得ると、異国の地に住むこと独特のストレスは1つ減る。

25,000 円で銀歯(や多分虫歯)を治せるためには、ひとつ条件がある。

英語である。

英語が話せない場合に同じサービスを受けるためには、日本語が通じるプライベート歯科医院に行くことになる。そういうのは、ほとんどロンドンにある。少なくとも、自分が住むブリストルには無い。調べてみると、25,000 円よりはかなり高い。ロンドンは物価が高いし、日本人医師ということでプレミアをつけて駐在日本人などにもアピールできるのだから、当然だ。

他国に住んで日本の良さが分かるというのは本当である。
治した銀歯、取れませんように(祈)

2014年8月27日

研究者の残念な口頭発表

日本人研究者の口頭発表(講演)は、概して下手である。

(日本の)大学の研究室では、学生や研究員、時には教員が発表当番を週ごとに回す場があるのが普通である。また、学会でも、各自が15分なり60分なり発表するセッションが並ぶ。

学生の発表が下手なのは、経験不足かもしれない。しかし、研究員や教員の多くも、発表が下手である。国際学会だと、英語が障壁で発表が下手なのかもしれない。しかし、日本語で発表しても上手でない人が多い。もちろん、(とりあえず日本語だとして)発表がうまい日本人は何人もいる。ただ、その割合が少ない。プロの研究者(大学教員など)でも、そうだ。

どのようにしたら、発表技術は向上するだろう? 世間のプレゼン本に色々な技術が書いてある(1冊は読もう)。アイコンタクト、スライドの細かな構成などなど。そこに書いてあることと重複はあるかもしれないが、私が聴き手として感じることを挙げてみる。

  • 時間を守る。

    持ち時間は60分なのに「もう少しなので」とか言って75分しゃべる発表者。聴いている側も時間を気にしないことが結構多い。例えば、私的な研究会だと、発表者が自身の持ち時間を聞いたときに、主催者側が「あまり気にせず、何分でもどうぞ」と答えることもざらではない。

    発表途中で活発な質問があって長引くのは、時間が許すなら良い。ただ、「仮に質問がない場合の発表者の持ち時間」は決まっていて、発表者は守るべきだと思う。だらだら講演し、だらだら質疑応答する時間は、生産的に見えない。発表者にとって、時間を守ることは、スライドや話の展開をよく準備することにつながり、自分の頭の中を整理することにもなる。

  • 卑下をやめる。

    「これは当たり前の計算結果ですが」

    これは、残念な研究発表の常套句である。本当に当たり前なら、削れば良い。例えば、実はその結果は当たり前ではないから、スライドにしてあるのだろう。だったら、こういう常套句は言わない。あるいは、確かに当たり前の計算結果なのだが、そのスライドを削ると、以降の発表内容を理解できなくなる聴衆が多いのかもしれない。こういった何らかの理由があって、当たり前のスライドをわざと入れ、効果を発揮させる。謙譲は日本の美徳だとはいえ、この手の謙譲に長所はない。

    「みなさんご存知と思いますが」という常套句もやめよう。みなさんがご存知なら、そのスライドを省けは良い。この言い方をする大抵の発表者は、「これは当然前提知識としていいですよね」という上から目線で言ってるわけではないように見える。むしろ、聴衆の中に専門家、大家がいて、その方にとっては簡単すぎで申し訳ないという気持ちで、そう言ってるように見える。どのみち、「ご存知ではない」人にとっては聞いて嬉しい言い方ではないのでやめよう。当然ご存知の専門家には、簡単すぎると思われてよい。

    こういった卑下は、時間の無駄でもある。そのスライドを正面から説明するのか、削るのか、どっちかに決める。

  • 専門語をやめる。

    「こんなに専門語を連発して、この発表者は、聴衆が理解できてると思っているのだろうか?」と感じる場面が多々ある。大抵の学会や研究会には、それなりに色々な背景を持つ人が来る。このとき、専門語で聴衆を惑わせてしまうことは多い。もっと簡単な単語に言い換えられないか? その単語なしで発表全体を作れないか? 最初の方のスライドで、その専門語をしっかり定義するのはどうだろう? 改善の仕方はたくさんある。

    専門語を使う方が格好いい、専門語を使ってないと専門家らしく見えない、というのは誤解である。ほぼ同じ分野でも、ちょっと専門がずれただけで相手の専門語が理解できなくなると思っておく位でよい。平易な言葉で、という方針でスライドを作ろう。

  • 文字や数式を詰め込み過ぎない。

    スライドに文字をたくさん入れて、棒読みしたり、読者に読ませたりするなら、その発表は退屈である。スライドを読む? 読者はそんなことをしたいわけがない。長い文字部分を飛ばして次のスライドに行くのなら、読まない文字は削る。スライドを見やすくするためにも、しゃべらない要素は極力排除して、文字や数式や図を少なくする。もし高度な質問された場合が心配ならば、質問対策用の予備スライドを作り、スライドの一番最後に置き、該当質問が出たら予備スライドを出して説明する。

  • 「何々という話」はない。

    「この分野には何々という話(過去の研究事例や研究の流れ)があって」とか、「その話で言うと、私の研究は...」というのも、残念な常套句である。もっとも、私の近隣分野に特殊なことかもしれないし、研究畑でない方にはピンとこないかもしれない。例えば、「コミュニティ分析という話があって」とか、「xxxネットワークという話があって」という使い方をする。

    「何々という話」と前置きすることは、自分の研究題材や研究内容を正当化しない。「コミュニティ分析という話がありまして、私の研究は...」と言っても、前半部分は何の導入にもなっていない。「コミュニティ分析」が、理論や応用の上で大事だからこそ、自分の「コミュニティ分析」に関係する研究の意義が正当化されるはずである。だったら、「コミュニティ分析」がなぜ重要か、を背景として説明する。もし時間がなくても、短く背景を説明する。「話」という単語に責任を押しつけてはいけない。「話」という単語を、講演から排除する努力をしてみよう。

2014年6月4日

ブリストルの家探し

イギリスに来て最初の2ヶ月半は仮住まいだった。

不動産屋は、自分の知る限り、内見することなしには賃貸契約をさせてくれない。そして、事前にブリストルを訪れて住居を決めてくるのは、時間的にもお金的にもできなかった。したがって、最初は、何らかの仮住まいをせざるを得なかったのである。イギリスに住み始める日本人の多くは同様だろう。自分は、大学所有の家に住んだ。なお、大学経由だからといって、家賃が安いわけではない。

仮住まいとは、なかなか嫌なものである。どうせすぐに出ていくと思うと、本格的な整理をしたり、掃除をしたり、物を買ったりする気が起きない。一方、本格的に整理などしてないからこそ、こと細かなことまでにストレスを感じる。

最長1年間まで契約可だったが、仮住まいは短い方がいいだろうと思って、事前に4ヶ月契約にしておいた。これは正解。
なので、3月から6月末まで住めるのだが、6月末まで住みたくない。。。
そこで、3月中旬には早くも物件探しへ。

ブリストルの不動産市場は活況のようである。

不動産業者が多い。40万人都市なのに、よく店舗を見るものだけでも10社はある。市内の至るところに各社の支店が展開されている。そして、支店はおしなべて綺麗で新しい。イギリスには新しい家が少ないのに、不動産の店はピカピカなのである。儲かってるに違いない。

街中のありとあらゆる所に、不動産屋さんの看板が立っている。
ブリストルの不動産屋は、街中で看板立て競争を行っているのである。Cj HOLE と Ocean の2社の看板が特に多い。

看板には4種類しかない。業者ごとに若干文言が異なるが

  1. Let(賃貸物件)
  2. Sale(売却物件)
  3. Let agreed(賃貸成約)
  4. Sold(売買成約)
わかりやすい。新居に引っ越して3週間。家の前には Ocean 社の Let agreed 看板がまだ立っている。

Sale も活発なようだ。「家を売った」とか、「ブリストルを出ていく時には売るから、買うときとの差額だけ考えればあまり損しない」という種類の会話はよく聞く。

不動産探しのこつ、その1。競争が激しいことをよく意識する。

色々な業者の物件を集めたまとめサイトがいくつかある。頻繁に更新されるし、便利だ。物件が出現してからまとめサイトに載るまで、2〜3日かかるらしい。しかし、優良物件はその前にはけてしまい、ウェブサイトには出ない。なので、自分の住みたい地域の不動産屋を片っ端から訪れて、住みたい家の条件、合致するのがあれば連絡してほしい旨などを伝える。従業員によって対応が違ったり、忘れられたりしてしまうかもしれないから、時折電話でプッシュする方がよいとのこと。

希望物件があったらすぐに下見。気に入ればその場で契約。これは日本もそうだ。ただ、ブリストルは、大抵の物事は亀のようにゆっくり進むのに、不動産については、日本よりも高いスピードが要求されるのである。

不動産探しのこつ、その2。大家さんの力が大きいらしい。

大家さんが悪いと、故障があっても修理してくれないとか、日本ではまず起きないことが色々起こる。あるいは、不動産屋と一緒に契約書類をこつこつ詰めたのに、最後の最後で大家さんにダメだと言われた、という例も聞く。自分の場合は、たまたま大当たりの大家さんだった。家賃は安く、物件は狭めだけども良く、面倒見も良い。できたお方である。ラッキーとしか言いようがない。

というわけで、早めに引っ越した。当面は、元の家と新しい家の家賃を両方払う。が、住居が良ければかなり心落ち着くし、生活が前進している感じをもてるので許容。築2年のフラット(日本で言うアパート)。古風の一軒家(が物件の過半数であるように見える)よりは、遥かに好みである。満足、うむ。

2014年5月2日

坂 vs 自転車

ブリストルは坂で有名な街である。
ブリストルは自転車が盛んな街である。

この2つはとても矛盾しているが、両方本当だ。

ブリストルには坂が多い。平地を探すことが結構難しい。 海(正確には入江)に近いが、切り立っているのである。

街の中心にあるハーバー地区から私の職場まで、一本道で500メートルもない。Google マップで見ると楽そうだが、行き来は結構しんどい。一本道が急坂なのだ。ギア3段の普通の自転車だったら、私の全盛期(?)をもってしても到底登り切れない。電動自転車だったら登れるだろうが、輸送費が高くつくので日本に置いてきてしまった。

一方、ブリストルの自転車道は、Wikipedia などによるとイギリスの中でもかなり充実しているらしい。去年行ったコペンハーゲンには全く敵わないが、それでも確かに、中心部に限らず、路肩部分のそれなりの幅が自転車レーンとして確保されている道が多い。また、自転車はバスレーンも走ってよいことになっている。交通ルールも、大抵の車の運転手も、自転車を尊重する。日本のように、車道を走ろうものなら肩身の狭い思いをすることはない。イギリス国では、自転車は車扱いなので車道を走り、車は無理に自転車を抜こうとはしないようだ。

坂があっても自転車を使いたくなるのは、渋滞がひどいからである。車は結構多いのに道路は少ない。もっとも、道路を増やせば単なる車の街になってしまいそうなので、個人的には、道の量は現状のままでよい(車は減ってほしいが)。

道路が足りない。ちゃんと二車線が機能してる道路は少ない。道路は、平日の日中はいつも渋滞している。さらに、バスはいつ来るかあてにならない。

なんだか、私のホームタウン八王子に似ている。少なくとも私の住んでた当時は、八王子は道路が足りない街だった。通勤・通学時間帯には自転車が至って有効である。市の東端にある私の高校では、どんなに遠くてもバスではなく自転車で通うのが基本だった。市の西端に住んでる人は片道10キロ近くにもなるが、それでもチャリ通学する。でも、渋滞は八王子よりもブリストルの方がひどいです。

まとめると、交通はブリストルのアキレス腱である。だから、坂だろうが何だろうが、チャリ、チャリ、チャリ!

というわけで、渡英2週間にして自転車を入手した。

至って快適である。

Q: 坂はどうするの?
A: 21段ギアで、ばりばり登る。21かどうかは別として、みんなそういう種類の自転車に乗っている。女性も多い。ギア3段では無理っす。

自転車は車と同じ交通ルールで走る。ということは、右折レーンがある道で右折する場合には、自転車は、車を手信号でかき分けて右折レーンに入らなければならない。慣れるまでは、すごくおっかない。ヘルメットはちゃんとつけましょう。買わなければ!

2014年3月31日

小学校探し

娘の小学校が決まった。

イギリスの小学校探しは、日本の保育園探しと似ている。

日本だと、学区内に住んでいれば、必ずその小学校に子どもを入れることができる。例えば、私の前の住所は、文京区立誠之小学校の学区内で、この小学校は人気があった。不動産屋の広告でも「誠之小学校学区内」を売りにしている物件を多く見かけた。

イギリスでは、小学校の学級定員が厳密に決まっている。埋まっていたら入れない。家からすごく遠く、評判も良くない小学校を割り当てられてしまったという話もあるらしい。特に、自分の長女(日本では、保育園・幼稚園年中。イギリスでは、小学校 0 年生)の場合、学年途中からの応募になるため、余計に不利だ。

日本の保育園も、文京区で自分が経験した限り、人気の差がある(そもそも、待機児童ということでどの保育園も入りにくいけど)。保育園の場所、0歳児を受け付けるか、3歳まででなくて6歳までクラスがあるか、などは、人気を左右する大きな要因である。第三希望までを戦略的に書いて、入れることを祈るわけである。

イギリスの小学校申し込みでも、第三希望まで書かされた。似ているではないか!

我が家の場合、日本人ママさんの厚意でかなり具体的な情報を頂いた。そして、住みたい Southville/Bedminster という地域で、評判もまあ良い(しかも、他の日本人ハーフの子がいる)小学校に、娘の学年については1人空きがあることを突き止めた。即応募。即ゲット。うむ。

応募が重なる場合は、学校と家の距離、兄弟姉妹がすでにその小学校いるか、などで振り分けが左右されるとのことである。

次は引っ越し。そう、小学校を決めてから、小学校から徒歩圏内の家を探して引っ越すのである。毎日のことなので。Southville/Bedminster に住みたい、と最初から思っていたけど、もし遠くの小学校になってしまったら、諦めざるをえない。小学校まで毎日バスで片道30分(しかも、親付き添い)とか、ありえないので。だから、学校探し → 家探し、という順番なのである。

2014年3月17日

ブリストルの日本人ネットワーク

ブリストルには日本人が少ないとネットには書いてあった。実際には、日本人は結構いて助かっている。一応40万人都市である。人口の0.01%しか日本人がいないとしても、40人はいることになる。実際にそれ位の人数にも見える。0.1%=400人は、いない気がする(調べたわけではないので分からないが)。留学生として来てる人は期間限定的なので除外すると、住んでいる人の大半は、イギリス人と結婚した日本人女性である。日本人男性は、まだ一人も知らない。日系企業がないこともその一つの理由だ。

単身なら、日本人ネットワークに頼らずとも生活は成り立つだろうし、あえて探さないかもしれない。学生でアメリカに1年留学したときは、日本人ネットワークをあえて見ないという方針で英語を向上させた(注:それでも、日本人の友だちは何人かいて、今も続いてる)。しかし、家族持ちだと考えが異なる。特に、小さい子どもがいると、全ての動きがとりにくい。妻が英語を向上させようと思っても、子ども3人(うち、2人オムツ)の世話に加えて英語やイギリス人の輪に早急に飛び込むのは、すぐに容量オーバーになりかねない。それよりも、日本人でコミュニケーションを確保し、英語は数年計画でゆっくりとやっていくのが現実的だ。そのようなスローな計画でも、英語をちゃんとやろうとするかそうでないかで、長期的には差が出てくるはず。

さて、日本人ネットワークには非常に助けられている。職場で隣の部屋の人の奥さんが日本人である。ここから輪が広がって、イギリス生活2週間にして、かなりの日本人の方と知り合い、色々助けてもらった。イギリス人に助けてもらうことと何が違うのか? 言語の問題を除いても、以下のような貴重さがある。

  • 日本食の情報。中国系スーパーマーケットがあり、アジアの食材を売ってる。中国米のおかげで、米は日本より安い。当座鍋で炊いてるが、味も十分に OK. ふりかけは高いので、自分は、韓国のキムチ味噌ペースト(ご飯に合う!)で食べてる。そういったこと(笑)。
  • 日本語がある場についての情報。日本人の子ども集まり、日本語補習校、ママ友的な集まりなど。子どもは、今後英語に傾倒していくはずだから、どうやって日常生活の中で日本語や日本っぽいことをキープして伸ばしていくかは、大半の家庭の悩みらしい。そのやり方など。
  • 長くこちらに住んでる日本の方は、当然ながら、日本人なら気になる種類の情報をもっている。日本食だけでなく、日本人ならこのアイテム欲しいよね、というのがある(サランラップとか、日本のものに近いオムツとか)。また、子どもの小学校を、小学校の評定(が公表されている)に基いて決めることはイギリスで一般的なようだが、それだけでなく、英語がわからない子どもへのサポートをしてくれる学校かどうか。あるいは、日本人目線で見たときの、地域ごとの治安の情報。日本に帰る航空券の情報。などなど。

みんな、親切に学校やスーパーの個別名に至るまで教えてくれる。ありがたいことです。 実際には、日本人に限らず、職場のイギリス人たちにも、とても助けられてます。

2014年3月12日

海外就活

2012年12月、36歳にして就職活動を始めた。目標は、海外の大学の研究・教育職(いわゆる、大学の先生。東大の職と同じような職)に常勤職を得ることだった。2013年9月にその目標は達成された。この就活の経験を書いてみます。

研究業界の求職情報は、実験助手や事務員も含めて、各大学のウェブサイトや、色々な大学の公募情報をまとめた求人情報サイトにある。これらを、しつこくチェックした。日本には、JREC-IN というこの道で有名なサイトがあるらしい。一方、海外では、まとめサイトにちゃんと公募情報が載るとは限らないし、国にもよる。アメリカは、いくつかの情報サイトがやや乱立していて、分かりにくかった。

自分は、就職したいかつ可能性があると思える世界中の大学や研究所について、個々の求人サイトを2週間に1回位、10ヶ月間に渡って、チェックした。レベルが高いけどはずした大学は、自分の実力では就職できえない大学(ハーバードなど)、あまりに田舎すぎる大学(アメリカ中部など。自分はよくても家族がいるので)などである。その数は、アメリカで50, イギリスで20, カナダとオーストラリアとその他 10 ずつといった所である。マメにやれば何とかなる数だ。なお、家族のことも考えて、基本的には英語圏に絞った。また、探す年限、自分がこの就職市場で商品価値を持つ年限は3〜4年間だと思ってたので、2年経ってダメだったら基準を下げ、3〜4年やってダメだったら諦める予定だった。

出したい公募が見つかると、応募書類を書いて期限内にネット経由で提出する。応募書類作成のノウハウは、様々な英語のウェブサイト(日本語のものは皆無に等しい)で紹介されている。提出を求められる主な書類は、業績リストを含む履歴書、今後の研究計画、教育の実績や計画である。

ただ、ウェブで情報をよくよく研究して、見よう見まねで書いてみても、最初はコツが分からない。日本でないので、採用側が何を期待しているのかがイマイチわからない。また、海外の大学に就こうという日本人研究者はほとんどいない(海外で働いているが日本に帰ってきたい日本人研究者は多い)ので、情報が少ない。また、研究者に限られないかもしれないが、転職活動をしていることをあまり表に出さない方がよい、という日本文化はあるようで、周りの人に表立っては相談しにくい。

一方、採用側は、提出文書をよく見ている。今までの研究業績だけで採用に至る、という単純な話ではないようだった。

私は、以下のようにして応募書類を改善した。

  • とにかく、書いて応募してしまう。後々、調べたり考えたりしていると、あの書き方は良くなかった、と気づく。それを次の応募で生かす。
  • 外国の研究者に尋ねる。どうやって自分を売るか、どういう分野の公募を狙うか、採用側は何を見ているか(多くは、研究費の獲得能力に関心があるようだ)。こういったことを、新しい友人から古い友人まで、色々な国籍の研究者に尋ねまくった。5年以上連絡してなかった知人も、すぐに skype までして相談に乗ってくれた。ありがたい。
  • 運良く面接に呼ばれると、失敗した場合でも、応募書類作成について気づきがある。それを次回に生かす。

成功する応募書類とは何なのか? 採用側に尋ねない限り、答はやっぱりわからない。ただ、私が以下のことに注意した。

  • 推薦書を3〜4人に書いてもらうことになる。分野によるかもしれないが、日本人でない人に全ての推薦書を書いてもらった。日本の同僚に秘密裏に就活をしていたから、とかではない。採用側は、国際的な文脈で候補者が仕事をできるかどうかを見ていると思われる。なので、大物中の大物でない限りは、採用側が知らないであろう日本人の推薦者を挙げると、3つしかないスロットを1つ使ってしまう。それよりは、国際力アピールに推薦書を資するべきだ。私の場合は、アメリカ、カナダ、韓国の共同研究者に1つずつお願いした。なお、頼んだときに「推薦書の下書きをして下さい」と言われてしまったら、その人は自分を本気に推薦してくれるわけではないと思う。
  • その大学用に、応募書類をカスタマイズする。数十、数百の応募を出すことになるのが普通なので、基本的には同じ書類を色々な大学の応募で使い回すことになる。しかし、大学ごとに、この分野が強いとか、この人がいる学科だからこういう共同研究が期待されるとかいった個別事情がある。大学の個別事情に丁寧に合わせる作業をしてから書類を提出するのは、多分意味がある。採用側の学科等のウェブサイトも研究すべきである。毎回この作業をやると、ひな形は完全にできている所からスタートしても、提出し終えるまでに 3〜5 時間かかる。それでもやる!

応募を終えると、1〜数ヶ月で、次のステージに進む場合は結果が来る。落ちた場合に通知がくるかどうかは、大学によってまちまちである。

次のステージは大学によって異なる。longlist と shortlist という概念がある。longlist とは、書類の一次選考に残ることである。例えば、200 通あった応募が、この段階で 20 通まで絞られる。shortlist とは、面接に呼ばれることである。典型的には 5, 6 人の候補者が面接に呼ばれる。longlist なしでいきなり shortlist する大学もあるし、longlist した後に、skype で面接して shortlist する大学もある。longlist した後に、skype 面接ではなくて書類をより細かく審査することで shortlist する大学も多い。自分の場合、40程度の応募を出して、6個 longlist され、3個 shortlist された。

運良く shortlist されると、いざ面接に赴く。書類選考までは日本と海外で大差はないかもしれない。しかし、面接は、海外と日本で大きく異なる。

第一に、旅費が出る。日本だと、予算が潤沢な研究所ならいざしらず、大学の場合は旅費が出ないのが普通である。イギリスに3回面接に呼ばれ、3回とも日本からでも旅費が支給される。違う大陸から来させる旅費を払ってまででも、いい人を採りたいのである。ここには、人選に対するこだわりをもっとも感じた。なお、食費も出ることが多い。私の立場からすると、特に子どもがいて家計が厳しいと、自費で行くことは精神衛生上かなり悪い。なので、これには助けられた。

第二に、会食を伴う。集合が立食ランチだったりする。自分が採用された面接では、夜のレストランが集合だった。採用側は、候補者の社交能力を見ている。といっても、採用側が各候補者を「チェックしている」とは感じなかった。あくまで、受かっても落ちても、折角の機会だから交流する、という風に感じた。こちらから色々質問することもできる。例外なくいい人、面白い人たちなので、楽しくなってしまう。次の日にも本番があるので、ついつい飲み過ぎないように注意が必要である。

第三に、候補者同士が顔をあわせる。会食する時点で会ってしまう。面接では、30分程度の研究発表をさせられるのが普通だが、他の候補者の研究発表を聞いてよい、という場合も多い(ただし、他の候補者に質問することはご法度)。日本では、極力、異なる候補者が顔を合わせないように計らわれる。

第四に、母国人の候補者が少ない。イギリスでしか面接に残れなかったのでイギリスのことしかわからないが、5, 6 人面接に呼ばれる候補者の中にイギリス人がいることは稀である。候補者の強さで選ぶと、結果としてそうなってしまうとのことである。彼らは、イギリス人を採用したいとは微塵も思っていない。ここにも、人材に対する貪欲さを感じる。イギリスは、英語圏であることもあり、世界中から候補者が集まる。

こうして、1泊2日に及ぶ面接が行われる。とはいえ、自分の出番は、会食を除けば高々1時間半である。アメリカではもっと長時間に渡って、相手をとっかえひっかえして様々な相手と様々な種類の会話をするらしい。いくつかのブログによると、アメリカ型に慣れていると、イギリス型は「こんなに短い時間では候補者を理解できるわけがない!」と見えるらしい。

候補者が6人いれば、合格率はとりあえず 1/6 である。だから、普通は落ちる。私も2回面接で落ちた。しかし、不思議と悔しさや嫉妬がこみ上げてこない。受かった人に「おめでとう」と心から言えるのである。この心理は不思議である。力を出し尽くしたスポーツの試合のようである。まさに、スポーツマンシップ!

採用側がフェアに選考を行っている、と感じられるからかもしれない。採用側が事前に心で決めた候補者が1人いて、その人を採用するために形だけの面接をしているのだったら、決してそういう風には感じないだろう。実際には、そのような面接もよくあると、海外の友人は言っているが。

落ちた時の残念度合いは大きい。特に、日本から行き、面接して、帰るだけでも丸々4日と体力、気力を失う。残念なのである。ただ、悔しい、というのと異なる。淡々と次を探すのである。一つの公募には100人や200人の候補者が群がるので、ベスト6に入れただけでも、自分はその位の競争力は持っている、と思えるからかもしれない。ただし、そこで満足してしまったら負けである。

面接を終えると、課題が浮かび上がってくる。それをくまなく書き留める。面接の時に何を聞かれたか、どう答えたか。書き留めないと忘れてしまう。後は、練習、練習、練習。10回でも100回でも声に出して発表練習し、スライドは完璧に。想定される質問(研究内容に関する質問だけではない。教育の心構え、研究費を獲得する作戦、なぜ応募するのか、など色々聞かれる)について何度もシミュレーションする。

その結果、ブリストル大学から採用を頂き、大満足である。
海外で定職を得る日本人研究者がもっと増えてもいいな、とも思う。

2013年8月13日

ネット銀行というファッション

5年前、私はある理不尽に我慢ならなくなった。

振込である。

家賃、学会参加費など、振込はよく行う。当時、振込の度に ATM に並ばなければならなかった。職場の学食脇に 3, 4台の ATM があり、常に長蛇の列を従えていた。5年経った今もそうだ。しかも、自分の銀行の ATM の列だけ長かったりする。時間の無駄!

そして、振込には手数料とやらがかかる。振込先の銀行が自分の銀行と異なると、500円もとられる。500円玉を持って隣にある学食に入れば定食にありつける。この理不尽!

そこで、即座にネット銀行に移行した。極端にも、それまでに持っていた3つの口座(1つは郵貯)を全て閉じ、3つのネット銀行(1つは新生銀行なので、ネット銀行と店舗型銀行の中間型と言えよう)に乗り換えた。3つ口座を開いたのは、それぞれ長所と短所があるからだ。例えば、(少なくとも当時は)仕事で外から振込を受けるとき、「ネット銀行には振込めません」と言われることがたまにあった。新生銀行にしておくと、自分の経験上必ず大丈夫である。一方、新生銀行は両替(為替)手数料が高めなので、外貨も持ちたい私は為替手数料が安いソニー銀行にも口座を作った。

その結果、、、すごくいい。

まず、振込はネット上でできる。楽だ。

振込手数料は、それなりの貯金額があれば月数回まで無料である銀行が多い。この無料回数が足りなくなることはまずない。「それなりの貯金額」とは、社会人にとっては敷居が低い自然な額である。

振り込み以外のネット銀行の長所を3つ挙げる。

  • お金を引出しやすい。ネット銀行は店舗や ATM を持たないので、他の銀行、郵便局、コンビニなどの ATM を使うことになる。ATM 使用手数料が気になるところだが、社会人にとっては少額と言える貯金額さえあれば、月数回の引出しまで無料であることが普通だ。自分の場合、セブン-イレブンで引出す。私が3つ開いた口座のどれかでは、多分他のコンビニからも無料でお金を引出せる(必要に駆られてないので調べてない)。今どき、コンビニは、銀行が設置する ATM コーナーよりも多いので便利だ。この5年間、銀行の ATM に一度も並んだことがない(コンビニの ATM に列ができることは稀)。街中や大学内の ATM で長蛇の列を見る度に勝ち誇った気分になる。ふふ。
  • 紙の通帳がない。ネットで入出金履歴を見る。これが長所か短所かは価値観による。私にとっては長所である。通帳というものは、大抵見た目がださい。紛失・盗難リスクもある。しかも、当時の郵貯に至っては、定期的に記帳しに行かないと、過去の入出金履歴が分からなくなってしまうのであった。いつだか、記帳をさぼったために「◯◯以下20件で、合計△△円」と通帳で1項目にまとめられてしまったことがある。たかが記帳のために郵便局に行けというのか。。。
  • 預金の金利が高い。今はどのみちゼロ金利なので差を実感しにくいが、ゼロ金利でない時期には、ネット銀行の金利は店舗型銀行の金利よりかなり高いことが多い。

このように便利なネット銀行だが、その割には普及してないと感じる。私の友人たちによると、ネット銀行を使わない主な理由は2つあるようだ。

  1. ネットでお金をいじるのが、セキュリティや操作誤りなどの意味で心配だ。

    これは確かに人それぞれだろう。ネット上のカード決済をしたくない人も、同様の気持ちなのかもしれない。私は、特に気にならないので、ネット銀行によってハッピーになった。

  2. 大手銀行は、安心感がある。

    これは是非再考を促したい。まず、ネット銀行にも預金保険がついているので、店舗型銀行と同様、万が一つぶれても1000万円までの預金額が戻ってくる。

    「安心感」がサポートなどの充実を指すのならば、その分のコストを客側が払っていると指摘したい。大手銀行の店舗に足を踏み入れると、我々は至極丁寧に扱われる。入ってきた客に挨拶をすることが主業務であるかのように見える行員、手とり足取り教えてくれる行員、あるいは老人のよくわからない相談ともいえぬ相談に一対一で長時間応対している行員。しかも、これらの人はバイトではないように見える(実際はどうなんだろう?)。これらのサービスには人件費がかかっている。人件費は、預金の金利が低い、振込手数料が高いなどの形で客が背負っている、とどうしても考えてしまう。客観的な統計は知らないけど。そもそも、店舗を構えていることがコストである。

    年配の方のほとんどは、店舗型銀行を選んでいるだろう。ネット銀行の存在すら知らないかもしれない。そして、カスタマーサポートのリソースは、ネット銀行の存在を知らないような客の方に多く使われる。なぜなら、ネット銀行の存在くらいは知っている人(もちろん、若い人が多い)の方が飲み込みが速いし、客観的な事実というもの(例えば、投資を行ったら元本割れする危険があることなど)に慣れているだろう。元本割れしても銀行に怒鳴りこみに行くようなことはしないだろう。そして、客がどんな理不尽、意味不明な案件を持ちかけてきたとしても、店側は客をぞんざいにはできない。至極丁寧に扱わなければならない。ノーと言いにくい日本国である。似たことは、病院などでも日常的に起こっている。そうだとすると、このブログの読者であるような皆さんは、多分、カスタマーサポートの類を平均以下しか利用していない(あまり利用しなくて済む)。つまり、皆さんの預金は、懇切丁寧なサポートを善しとする他の顧客のサポートに使われている可能性が大きい。私は、それを我慢できない。

最後の点に熱が入ってしまった。

着る服、聴く音楽、あるいは所有するクレジットカードの種類がファッションの一種なら、使う銀行もファッションの一種だ。それなりの都市部に住んでいれば、「◯☓銀行しか近隣にないので他に選択肢がない」という制限は今となってはあまりないだろう。この機に、自分の銀行ファッションについて考えてみるのはいかがだろうか。

銀行間の激しい競争のせいだろうか、ネット銀行はここまで良いサービスをこんなに安く提供してくれるのか、とさえ思う。実際、振込手数料も ATM 手数料もただで、そのために必要な貯金額はせいぜい数十万円という銀行も多い。チャンス!

2013年8月7日

いかにも東大生

「いかとう」という言葉があることを最近知った。イカ党=飲みの席でイカの刺し身やフライを溺愛する人々(?)のことではない。「いかにも東大生」の略である。悪い意味で使われることになっていて、特に服装や見た目を、時には人間性のマイナス面を指す。

20年前(私が大学生になったとき!)にはこの単語はなかったと思う。とはいえ、近年になって東大生の「イカ東」的振る舞いが目立ってきたというわけではない。単語がなかっただけである。昔はセクハラという単語がなかったがそういう振る舞いは存在したのと同じだ。

大学外の知人・友人に「東大生ってどんな感じ?」とよく聞かれる。今も昔も答の一投目は同じで、「7割位の人たちは普通の感じですよ」と返す。では、残りの3割は普通じゃないかと聞かれれば、確かに普通じゃなくて、イカ東な身なりをしている。3割という数字に根拠はなく、私の主観的なイメージである。ただ、身なりについては、イカ東の割合は年々減っていると感じる。おしゃれな東大生もたくさんいる。

では中身はどうだろう。私の観察にもとづいて、ここ5-10年の多くの東大生に共通するマイナス要因を挙げてみる。人の欠点を挙げることは、人の長所を挙げることよりも簡単だ。

  • リスク嫌い。リスクという言葉に敏感に反応して逃げる。とりあえずやってみてダメだったらそこで考えよう、という動きができない。就職活動もおのずとそうなり、新興企業やベンチャーに興味をおぼえる人は少ない。ただし、ある年の私の指導学生は DeNA に2人も就職した。人にはよる。
  • 言われた作業はできるけど、工夫や自分での判断ができない。「答」のある受験教育に長年さらされてきた結果なのだろう。研究のみならず人生は基本的に答のない営みである、という価値観は共有しにくい。
  • 自分に自信がない。大学学部卒業の時点で比べると、東大生のいわゆる学力は、創造力に関係する部分は仮に弱いとしても、他国の一流大学の学力よりも高い、としばしば言われる。それには自信を持っていいはずだ。でも、自分ができることよりも自分ができないことを気にしてしまい、自信なさげな人が多い。
  • コミュニケーションにおいて、「相手は自分にこうしてほしいのだろう」という読み取りができない。「相手はこうしてほしそうだけど、俺は嫌だからやらない」なら、それは行動指針の1つである。しかし、それ以前に相手の意図や好みが読めず、自分の固定観念が優先する。相手、特に目上の相手、の好みに媚びた動きをしてばかりいるのは、悲しいかもしれない。しかし、相手の利益を汲み取って動き、結果的に win-win 関係になるのが賢いコミュニケーションというものだ。試験に通るための学習は得意なのに、なぜこういう技術は学習できないのか、としばしば思う。
  • 海外に興味がない。不況の影響もあるのかもしれない。海外に行ったことのない学生が、驚くほど多い。

さて、これらの指摘の背後には「東大生はいわゆる頭がよいはずなのに」という前提がある。しかし、これらのイカ東的性質の多くは東大生に限られず、ゆとり世代より年長の人たちがゆとり世代の人たちに対して感じていることであると気づく。同世代の社会人と話していると、東大とは別の文脈で、往々にして上のような議論になるのである。つまり、身なり以外のイカ東の多くは、いかにもゆとり世代、略してイカユト(こんな単語は普及しないだろうが)的性質なのかもしれない。

イカ東は平均値や多数派についての形容である。イカ東的内面・行動とは無縁、かつ基礎学力も高い、というたくましい東大生もいる。がんばれ東大生!

2013年2月11日

テレビのない子育て

アメリカで、社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)が徐々に失われつつあると言う。個々人の能力を人的資本と呼ぶのに対して、社会的資本は、人と人の間の関係性に宿る資本である。その定義はしばしば曖昧だが、誰を知ってるか、誰と誰がつながっているか、といったように極めてネットワーク的な発想である。

前著を書くために調べて知ったのだが、アメリカの社会関係資本の危機は、社会学者 Robert Putnam(パットナム)が実証し、邦訳されている「孤独なボウリング」という本にまとめられている。分厚いが読みやすい。彼は、詳細なデータ解析に基づいて、その主原因をテレビに帰している。週に平均30時間以上もテレビを見ていることが社会関係資本の弱体化の主原因だと言う。この数字は、色々な調査から裏付けされている。

週に30時間!

日本では、インターネットやスマホの台頭もあってテレビ離れが言われるが、それでもテレビを見ている時間は同様に長いそうである。少なく見積もっても、1日3時間か。

自分は、テレビをほとんど見ないで育った。そもそも、チャンネルは父親に支配されていた。一年間で見る番組が箱根駅伝だけ、という年も多々あった。そのように育つと、困ることが2つある。

  • 芸能系の話題についていけない。それがために仲間はずれにされる可能性も考えられたので、小中高では芸能コンプレックスがあった。
  • 本番組とコマーシャルの境目がわからない。番組をじっと見ていたら脈絡のない人や背景がどこからか登場する。なんで? この人達は誰だ? と考えていると、最後に商品名が出てきてやっとコマーシャルだと知る。

今もテレビを見ないので(箱根駅伝を3年に1回くらい見る)、日本人の99%は知っているとされる有名人を、自分は知らないことがある。ところが、便利な時代になった。仕事のミーティングでその有名人が話題になるならば、前もってネットで調べておけるのだ。特に Wikipedia を読んでおけば、芸能音痴でないフリを簡単にできるようになった。

翻って教育である。私はアンチテレビ派なので、自分の子どもにテレビを見せたくない。そもそも、テレビでは誰もが金切り声か演技声(ドラマなど)のどちらかでしゃべってるように聞こえ、コマーシャルは耳障りでストレス急上昇である。まあ、私のうんちくは脇においても、「子どもにテレビを見せ過ぎてはいけない」というのはよくある議論だろう。

昔だったら、話題に落ちこぼれてみじめな思いをしないように、ある程度は子どもにテレビを見せてあげたかもしれない。しかし、Wikipedia 先生の例が示すように、今となってはそういう配慮の必要はない! ならば、全くとは言わないまでも、教育的な番組だけ見せればよい!?

ところが、テレビを見せないことは親にとって苦行である。親が子どもにテレビを見せる一番の理由は、楽だからだ。特に子どもが小さい場合は、テレビ中は子どもが親にまとわりつかなくなるので、家事なり休息なりがはかどる。テレビを見せなければ、大げさに言えば常に子どもの相手をしなければならず、かなりしんどい。

冬の日曜の朝。午前中が何となくテレビで終われば、ゆっくりできるかもしれない。しかし、テレビをつけなければ、10時頃には家の中だけでは手詰まりになり、子どもを外に連れだす圧力にさらされる。子どもは真冬でも寒さを感じないらしく、雪や雨でもない限り、朝っぱから公園に行きたがるものである。そこで、やむなく公園に子どもを連れ出す。しかし、子どもは、親の計画通りには育たないのであろう(ある程度はその方がよいし)。と思うと、こういう努力は10年後、20年後に報われるのか否か。。。まあ、報われると信じよう。

ちなみに、妻は、自分よりも子どもといる時間が長いし、炊事などもあるので、たまにテレビをつける。それもやめようというスパルタな話ではないです。それに、プリキュアを楽しみにしてるなら、たまには見て良いというスタンスです。ただし、自分のいない時に。

2012年9月24日

アイディアのほとばしる環境

理論研究は,多くの場合アイディア勝負である.

プロジェクトの種を1つ考えついたとしよう.でも,うまくいっても大きなインパクトがなさそうな場合には,そのプロジェクトの工程をどんなにうまく速く実行できたとしても,結果はたかが知れている.論文にはなるだろうが,いまいちだ.最初に考えついた箱の大きさが勝負なのだ.

アイディアは,プロジェクトの個別工程を実行しているときにもしばしば必要になる.この意味での良いアイディアは,成果を改善したり,成果にちょっとひねりを加えてさらなる面白さを生み出したりするだろう.小さい改善案が,思わぬ方向に発展して大きな華を咲かせることもある.

私が(主な)生業とする学術研究に限られない.アイディアが主戦場である職は多くある.どう営業を工夫して売りこむか,どういう紙面を作ると自分の雑誌の読者を掴めるか,などなど.

また,学術研究なら何でもアイディア勝負というわけではない.とにかく毎日実験する粘り強さが成果に直結しやすい場合,プログラミング技術がものを言う場合,たくさんの人と大規模な装置を動かして成果を得る場合,など色々ある.

とはいえ,今回は「アイディア勝負」の話をしたい.

どうやったら優れたアイディアを思いつけるのだろうか. 「集中して考えられる時間を,細切れではない形で確保する」というのがよくある答であろう.しかし,そんなことは,多くの人ができる限りでやっている.

同じ長さのフリータイムが与えられたとき,どういう環境で考えるとアイディアが思いつきやすくなるのだろう.短時間で良いアイディアに至れば,労働時間を減らせる.浮いた時間を,次のアイディアを考えるために使ってもよい.

業務効率化とは使い古された言葉だが,クリエイティブな部分に効率化の考えを取り入れたい.長時間だらだら仕事すると効率が悪いのなら,長時間だらだら考えてもアイディア産生の効率が悪いはずだ.クリエイティブ系の話になるほど「時間をたっぷり使って自由にやる環境が一番よい」で終わってしまってないだろうか.

幸い,私は個室で働いている.では,人を入れずに部屋の中でひたすら考え続けるのがよいのか? どうもそうではない.半年くらい色々な行動を試し,どういうときにアイディアが思いつきやすいのか,思いつきにくいのか,の記録をとってみた.理由はわからないが,私にとっては以下の状況がよいようだ.

  • 午後よりも午前,特に朝 ← これは多くの啓蒙書などに書いてある
  • オフィスで,お茶を入れているとき
  • プールで泳いでるとき
  • (たまに)六本木にサルサに行くときの,僅か15分の地下鉄の中
  • 学会で講演を聞いたり人と雑談したりしているとき ← 学問的な刺激を得るので,自然

はずれなのは,以下の状況である.

  • ジョギング ← 疲れが激しく,考えるどころじゃない
  • 水泳,サルサ,ジョギングなどのどれかに関わらず,運動後の爽快な時間帯
  • とりあえず,(有給をとって)平日の午前中にマン喫に行ってみた後 ← 1回しかやってないので,よくわからないけど.とはいえ,私は特にマンガファンなわけではなく,2回目をやる予定はない.
  • 散歩
  • オフィスでじっくり考えているとき
  • 家でじっくり考えているとき

書いてみて,やや衝撃を受けた.自分の思考タイムの大半は,はずれの最後の2つ(オフィスと家)に費やされているではないか.改善しなければ!

当たりの方を見ると,「朝」はよいとして,それ以外のものは,お茶入れ以外はあまり実行できない.お茶いれも夏はやらないし.泳ぐよりもジョギングの方が好きだし,今の生活だとたまにしかサルサに行けない.学会も頻繁には無い.研究のために,ジョギングをやめて水泳に切り替えるべきか!? いや,ストレスにつながるので変えません.運動はやりたいのをやるがよろし.

心地良い環境は,人によって異なるはずだ.すると,私がなすべきは,他人から成功事例を集め,自分でやってみて,自分の勝ちパターンを見つけることだ.というわけで,研究者が集まったある場所で聞いてみた.以下のような事例を頂いた.研究者にかぎらずアイディア系の仕事の皆様,他の勝ちパターンはありますか?

  • オペラを聴いてるとき
  • 山登りをしてるとき ← やってみよう.
  • 大して面白くはないが内容が全く無関係ではない学会の最中.面白かったら講演に聞き入ってしまう.無関係なら内職したり退席したりするので,日常と変わらない.その中間だと,他人の講演を「つまらないな」と思いつつ,講演に関連した独自の思考が始まる.思考は我道を行き,いつしか講演内容とは関係なくなるが,実は良いアイディアに到達してたりする.なるほど!
  • 新幹線の中 ← 自分は車内アナウンスが嫌いだけど,この方は気にならないそうです.のぞみの新横浜〜名古屋間だと良いかも?
  • 寝る直前
  • 料理中 ← なお,この方は男性です.
  • 笑ってる状況 ← 笑いで病気を追い払う,というインドのクリニックの話を読んだことがある.笑いのパワーはすごいのかも.新宿ルミネの吉本でも行ってみようかな.
  • 片道10キロ超の自転車通勤中 ← 車道ですよね.交通安全に気をつけて...

運動第一.とりあえずジョギングに行ってきます.

2012年8月13日

公文

長女に2歳半から公文をさせている.滅多にこの話を外でしない.「幼稚園受験ですか」とか「娘さんも東大を目指すんですか」とか誤解されるから.

そう,これらは全く誤解だ.

実際には,東大なんて考えてない.大学に行かなくてもよいとすら思う.では,なぜ公文か.

うちの(私の?)教育方針は「幸せを自分で見つけて,それに向かって具体的に動ける」人になってほしい,ということである.仕事をする女性になりましょう,という狭い意味ではない.結果的に専業主婦になるにしても,夫や子どもに依存しきっちゃうのと,出産後も何らかの意味で自分を保てるのとはかなり違う.どっちになるかは,親の教育も含めて,結婚時にはかなり決まってると思う.

2012年現在1億2500万位である日本の人口は,2050年頃には9000万人を割りこむと言う.少子高齢化の帰結なので国力の衰退が心配される.とはいえ,私は2050年には74歳.老後だからあまり関係ないかもしれない.読者の大半もそうだろう.しかし,長女は2050年で41歳.まだ人生真っ盛りなのだ.

今後40年で人口が3/4に減ってしまうような日本で一流大学卒であることは,娘にとってどれだけ有用だろうか.15年後に18歳になる長女は,その時点で日本がよい感じなら(日本近海にレアメタルが眠ってて,日本がリッチな資源国になるなんて話もある)日本の大学へ進学し,そうでなければ海外に活路を求めるのが自然かもしれない.「幸せを自分で見つけて」なので,親の情報とかを得つつも,周りや常識に縛られず将来を考えてほしい.

そういう人を育てるために必要な訓練が公文にある,と直感した.

国語と算数.

この2教科の重要さは改めて私が語る必要はないが,例だけ挙げれば,文章の正確な意味や行間を読み取る論理力はコミュニケーションや仕事力の糧となる.そして,複利やリスクのことを勘案して自分のお金を管理できるようになるためには,何といっても算数である.

公文で得られることは,国語と算数(と,英語をやってる人は英語)そのものよりも広い.子どもの中に,色々なことに役立つ2つの態度が作られるからである.

(1) 勉強とはそもそも一人でやる孤独なものだ.私は勉強のプロなので,自信を持ってそう言える.人と一緒に勉強なんて,私の中ではありえない.もちろん,励まし合うとやる気が高まるし,どうしてもわからないことは人に聞く方が速い.人との雑談からアイディアが生まれることもある.ただ,基礎力は独力でやってこそ身につく.クラス(集団)型の幼児教室は色々なのが世にあるが,自分はあまりピンと来なかった.

(2) 勉強は継続的なものだ.雨ニモマケズ風ニモマケズに続けて,積み立てる.その中で集中力や粘りも身につく.

この2つは,気持ち悪いくらいまっすぐな正論だが,この2つを備えれば,この乱世で将来の選択肢が大きく広がるだろう.

公文のカリキュラムは,この2つを尊重した上でよく工夫されている(ただし,教室選びは多分重要だ.長女の場合は,最初に行ってみた教室がたまたま当たりだった).計算プリントだけで応用力や創造力がつかないといった批判も聞くが,私はそうは思わない.応用力や創造力,コミュニケーション能力は他で磨く必要があるだろうが,基礎あってこそだ.

ちなみに,私は公文の回し者ではないですよ.

公文は週2回.近所にあるにもかかわらず,保育園からの送迎と付き添いで毎回1時間半を要する.そして,継続性ということで,それ以外の日も家で宿題をやる.やる場合は,一人でモクモクできる年齢ではないので結局つきっきりで30分以上かかる.送迎と合わせてかなりの時間的負担である.

また,うちは一切強制をしないが,毎日「公文やろうか?」と声はかけるわけで,あれ今日はやったっけ? まだだっけ? いつ声をかけるのがよいか? などと考える.親としては,気をもむこと,極論すればストレスが1つ増える.これまた負担である.これらの負担は,仕事の妨げであると言わざるを得ない(きっぱり!).

金もそれなりにかかる(1教科1ヶ月で6300円).英語をやらないのは,金と親の時間の意味で続けられる確信が持てないからである.途中で親の都合でやめるのなら,最初からやらない方がよい.

そんな親の陰謀を知らずに,娘は公文をまあ楽しそうにやっていて,1年になった.公文の中で具体的な成長を目にするのは親として楽しい.

公文は日本発である.海外では,こういう教育サービスを聞かない(あるのかな?).日本の良い点を見た気がした.繰り返しますが,私は回し者ではないですよ.

2012年3月12日

なぜ本を書くのか

5冊目の本(新書)を出した.専門書が2冊,新書(1000円未満の小型の)が3冊.

しかしながら,本を書いてて,よく分からず,人に訊かれても自分で納得する答をできていないことが1つある.それは,「なぜ本を書くのか」ということ.

印税ががっぽり入るでしょう,と言われるが,そうではない.経営が苦しすぎない出版社である限り,著者に10%の印税を渡すのが普通だ.900円の新書だとして,1万冊位初版で刷ることが多いので,1冊につき90円,1万冊で90万円となる.税引後で70〜80万円だろうか.大金だと思うかもしれないが,執筆は,正規の仕事以外の時間で行う.副収入でそれだけ入るなら尚更よいと思うかもしれないが,実は,本を書くのはものすごーく時間がかかる.時給に直すと大したことない.金が欲しければ,もっと割の良いバイトがある.

しかも,研究と本の執筆は,うまく両立しない.一日の8時間を正規の仕事に,4時間を本に,という切り分けは,私には難しい.執筆中の数ヶ月(以上)は,本のことで頭がいっぱいになるものだ.常に本のことを想っていれば,道を歩いてるとき,電車を降りるとき,ふと書くべき小ネタが1つ空から降ってくる.すかさず書き留める.漫才師のネタの仕込みか!? 常に本のことを想っていれば,その分だけ研究は疎かになる.二股は許されない(ちょっと誇張し過ぎだが..).

業績になるでしょう,と言われるが,そうではない.自分の分野を含む,特に理系の多くの分野では,業績は国際的な場(論文,学会)で英語で書いた・しゃべったもので数えられる.したがって,日本語で本を書くことは,業績とは関係がない.専門書以外の本の場合,むしろマイナス評価だと言う人すらいる.

ではなぜ書くのだろうか.人に訊かれたときに答えるのは以下である.

(1) 本を書くと,自分の頭の中や既存関連文献が整理されて,研究やその他の活動のアイディアにつながる.実際,今やっている一つの研究は,今回の本を書いてて重要さを認識し,やることにした.

(2) 自分の書いた本を誰かが読んでくれて,それがもとで共同研究などの面白い展開になることがある.実例がある.その人は,私の新書を読んで,自分の持っている研究の種(院内感染)について私のところに相談しに来た.そこから共同研究に発展したのだ.

(3) 子どもが生まれると,100%の集中を要する研究という営みはしばらくできない.しかし,50%の集中でできるような泥仕事(図の調整とか語句の見直しとか)も多い本執筆という作業ならできる.したがって,子どもが生まれる(or 乳児時の子育て)タイミングで書く.実際4冊目の本は長女,今回の5冊目の本は次女のタイミングで書いた.もう1人生まれたとしたら,もう1冊書きます.

ただ,本当にこういった理由かなぁ,という気がするのである.(1)〜(3) は本音に反していない.ただ,決定的な理由ではない.

(1) を言うなら,本を書く代わりにその時間を全て考える作業に充てる方がよい.

(2) については,共同研究者を発掘するためだけなら,もっと効率のよい方法がありそうだ.

(3) は,そうだからといって書かなきゃいけないわけではない.

やっぱり,書きたいから書くのである.

書くという作業は基本的に好きだ.そして,わかりやすい文章を書くこと,その速さにはかなり自信がある.最近,あまたいる研究者と比べたときの自分の強みは何だろう,と考える.答の1つは「書くちから」.文章を作るのは,論文でもその他でも基本的に楽しいし,それを世に出すのは一種のわくわく感がある.それとともに (1)〜(3) も期待できると考えればしめたものだ.

自分にとって書く理由はこれで十分.全てが合目的的である必要はない.自分の強みが生かせることをやる.自分が比較劣位なことはなるべくやらない.これ仕事の基本.色々な結果は後からついてくると期待して.

2011年10月1日

敬語と伝染るんです。

吉田戦車作の「伝染(うつ)るんです。」という漫画を学生の時分から好きである.好きな漫画ベスト5に入る.ドン引きされようが何だろうが,ベスト5に入る! 私が病気や情報の伝染(伝搬)について研究をしているから,という理由ではない.

この漫画に,

「おはようございます」という挨拶は長すぎるので省略しましょう,

という旨の4コマ漫画がある.日本中で「おはようございます」を「ア」に置き換えるというのだ.朝の天気予報のニュースも「ア」で始まり,学校の朝の挨拶も「ア」というわけである.

日本語でメールをやりとりするとき,敬語というものは何とかならぬものかと思う.大学まででは敬語について(特に,書くことについては)あまり教えない.しかし,私が企業の人から受け取るメールの敬語は大抵しっかりしている.社会人になると,名刺の渡し方を習うと聞いたことがある(私は社会人をやったことがないのでわからないが).それに加えて,敬語の話し方や敬語をふんだんに用いたメールの書き方のお作法を学ばされるのだろうか.

「ご検討のほど宜しくお願い致します」

心底ではアホか! と思う.自分もそういうメール書かざるを得ないことが週に1回はあるけれども.アホというのは書く人がじゃなくて,この状況がです.「致す」んですか...「致します」の代わりに「申し上げます」となっていることもある.違いがわからない.「申し上げます」の方が丁寧??

受信するメールの冒頭,

「東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻准教授 増田直紀様」

と来た.長い! どこが切れ目かわからない.自分の肩書きが長いのが悪いんだけど,それも自分のせいじゃないし...こう書かれたら,自分も,同様の返事をしなければならない.会社の方が相手だったら「○○社××営業部△△部長□□様」とか書く.しかも,このような書き出しを2回目以降もしてくる人がいる.2回目以降に「東京大学 増田様」と書かれるだけでも嫌である.「○○社□□様」と返さなければいけないからだ.そもそも,私は,先生呼ばわりされるのが実は好きじゃない.

「増田さん」で十分です.一番好きなのは "Hi Naoki" とか "Dear Naoki" だ.

相手によって,「ます」なのか「ございます」なのか,「さん」なのか,「様」なのか「教授」なのか,を使い分ける.煩わしいことこの上ない.

メールの文面の節々からも,その人が私に対する配慮をもつ人かどうかわかる.例えば,相手の都合を考えなかったり,用事が何だかわからなかったりするメールには配慮の無さを感じる.ただ,敬語でもって配慮を表したことにするのは頂けない.書く方は,そういう意識で敬語を使ってはいないと思うけれども.

文末に「!」をつけるメールを最近よく見る.メールという限られた状況で配慮や共感を表すには,敬語よりも「!」の方が心地よい.

過剰な敬語の罪は,時間と体力の無駄を特に書き手に強いることだと思う.私とて,正しい敬語に満ちたメールを書くことはできる.私は敬語の辻褄も合わせた上で文章を書くのは速い方であると思う.それでも,敬語には時間や神経を多少なりとも費やす.多くの人も,気づかぬところで時間や神経をすり減らしているのではないだろうか.

敬語文化は海外では通じない.敬語は,形式を強要する割には,仕事の効率化も,海外の人々が理解可能であるような共感ももたらさない.そもそも,敬語が日本語と密接に結びついていることは言うまでもない.英語による海外とのメールのやりとりは遙かに軽やかである.海外の銀行から来るメールは,海外の友人から来るメールよりは確かにきちんとした感じの英語を使ってはいる.それでも,無駄があまりなく,ごてごてしていない.

話を日本国内・日本語に限定しよう.それでも,今どき敬語が潤滑剤であるようには見えない.さらに言えば,日本が誇る文化であるとも思わない.敬語は日本人の誇る礼節の土台になっている,なんて主張はあるかもしれないが興味ない.敬語は,日本人の日本っぽさを映す鏡だと思う.日本人は,敬語っぽいこちこちした社会で生きてストレスを貯めているような気がしてならない.

日本人がそうやって疲れている間に,他国はどんどん日本の先に行ってしまうのではないだろうか.敬語に使う時間や体力なんてものは,他のことに使う方がいいのでは?

そこで,「おはようございます」を「ア」にするのだ! 

それはさすがに冗談だが,何かできないか.

「カジュアル敬語の会」を立ち上げるとか.

この会の入会退会は自由である.会は,重すぎる敬語を使わない,呼称を簡単にする,相手の敬語の有無や乱れは大目に見る,といったいくつかの紳士協定的な規約をもつ.規約は簡単な方がいい.使わないべき敬語の内容まで指定したりすると,ルールを覚えることに辟易してしまう.ユーザーに任せましょう.

会はウェブサイトを持ち,賛同する人が勝手に登録する.会員は,共通の何らかの印を,メール(や名刺?)の signature などにつける.皆が同じ印を用いる.会員が増えてくれば,「カジュアル敬語の会」会員同士がたまたま仕事で出会ったりする.すると,この2人の間では,いきなり,「さん」づけ程度で緩い敬語でメールを書き始めてよいことになるのである.

会員が増えれば,誰かから受信したメールの signature に興味をひかれて入会する人も出てきて,一挙に広がってくれるかもしれない.

「ため語の会」の方が個人的には好きだが,とりあえず「カジュアル敬語の会」くらいにしとこう(名前は要検討).誰かやって下さい(or やりましょう).

2011年9月22日

男女平等

私は男女平等主義者である.それを公言したことは今日まであまりなくて,いくつか理由がある.

  • フェミニズム,女性論,ジェンダー論という研究分野,思想がある.論客・研究者ごとに主張が異なり,一人一国的に見える.それはよいが,この流れを過激と感じる人は多いようだ.そういうレッテルを貼られるくらいなら,言わない方がましだ.
  • 女性の人気取りだと思われるのは嫌だ.

私がもうちょっと男女平等にする方がよいと思うのは,男女が同じくらいいる社会(特に仕事関係)の方が心地よいからである.

1994年に大学に入ったとき,私は度肝を抜かれた.男子校なのである.理工系なので,当時のクラスの女子比率は5%程度である.年々増えているが,今でもやはり少ない.

私の男子校嫌いは筋金入りである.自慢をすると,高校受験のときに,自分の行った都立高校よりもいわゆる偏差値が遙かに高い御三家だとか何とか大付属だとかいう私立男子校を三つ蹴って共学の都立高校へ行った.理由は,

「近い,安い,共学」

高1のときにクラスメートから「なぜこの高校に来たのか」と聞かれて,とっさに出た三語である.我ながら名言である.

十代の自分って判断力が低くて,今から思えば「ああ,なんでこうしなかったんだろう」という後悔の連続である.そんな中,高校の選択は,私の数少ない成功例である.

しかし,勘違いしないでほしいのは,私は当時はオクテであった.当然モテず,女子に対して積極的に話しかけたり告白したりもしていない.告白なぞ,大学生になるまでしたことがない.女子と話すのに緊張するわけではない,という程度である.

さらに言い訳をすると,共学校にしたのは,女子が多くてむらむらするとか,そういうむっつりとした理由でもない.それとこれとは別だ.男女が同じように居ることが自然で健全だと思ったから,そうしたのである.

大学の理工系学部というところは,私のあまり磨かれていない感性に語らせても,自然の摂理から著しく離れている.そもそも空気が詰まっていて,二酸化炭素中毒で死にそうである.男は女と比べて二酸化炭素を二倍吐くのか,という勢いである.自分もその一人であることは否定しない.

そして,女子が通りかかると,人として以前に「オンナ」としか見なせず,「そんな話題」になる.クラスメートに少数の女子がいれば,陰ではやはり「そんな話題」になる.「そんな話題」一般は,若き日の私も好きであった.だが,大学で交わされていた「そんな話題」は,つまらない種類の「そんな話題」なのである.細かいというか,妄想というか,実行性に乏しいというか...楽しい「そんな話題」ではないので,加わる気がしない.男子校系の男子が皆が皆そうだとは言ってないので,該当しない人は気を悪くされないよう...

ある女友達が東京大学に遊びに来て,私とキャンパスを歩いていた.そのとき,多くのすれ違う男子に「頭のてっぺんから足の先まで,さっと見られている感じがして嫌だ」と言う.彼女の服装は普通であり,何ら露出的ではない.私は,ここに男子大の病理を見た!

往々にして,そのような男子たちには,親しいな女友達がいない場合が多い.「親しい」の定義は人によって違うので,親友並でも,まあまあ程度でもよい.ただ,価値観合わないそのような男子たちに「親しいな女友達」というと,親しいの意味を勘違いされて会話が終わる(または,追撃される).反撃する気も起きない.

男女雇用機会均等法とか言いつつ,男女に格差があるのは見ての通りである.男である私が男が優遇されると困るのは,生活環境としてつまらないから,しょぼしょぼしててつまらないから,の2つの理由からである.平等なのが楽しくて,平等でないのがつまらないからではない.平等主義の話ではなくて,楽しくないものは楽しくないのである.

1つ目の生活環境について:
私が仕事で接する集団は,男社会である.大学,学会,企業関係の講演会,勉強会.どこいっても男子が多い.職柄しょうがないが,私は男女が適度に混ざってるのが自然だと思っているので,なんだか疲れるのである.理系の勉強や仕事を始めて15年以上経った今でも,もちろん男同士が楽しい時もあるが,未だに違和感を覚える.語学,国際関係系,ボランティア,ダンスとか,女子が好みそうなものを私がたまたま(?)好きだから,というのも関係あるかもしれない.

ものごとには平均として言えば,男が得意なものと女が得意なものとあるだろう.数学,物理,情報科学といった私の仕事は,明らかに男が得意としやすい.しかし,それにしても,男子に極端に傾いている.欧米では,同じ学部や職種に,もっと女性が多い.

ただ,何度も強調するように,だからといって,私は女性に対して何かを企てたりするわけではない.

宇宙飛行士のチームを編成するとき,数人のチームの中に女性を一人以上いれるとよいそうである.男性だけだとぎすぎすしてしまい,女性が含まれているとチームがうまくいく,というデータかあるからである(昔どこかで読んだ記事なのだが,ウェブで探しても情報元が見つからなかった.ご存じの方は是非教えて下さい).だからといって,男宇宙飛行士が女宇宙飛行士を性的な目では見ていないだろう(必ず,とは言わないが).仕事によっては,女性だけだとぎすぎすしてしまうが男性がチームに少しいると良い場合もあるだろう.

2つ目のしょぼしょぼしててつまらない,について:
男性が職場で,家庭で,社会一般で女性を対等に(何をもって対等とするのかは論議があるが追究しないでおく)扱わないことが統計としては多い.私には,これが,「しょぼい男性が,自分が社会の少しでも上の方であることを誇示するために,自分より能力が高い女性も自分より下であることにしたい.その手段として男性上位を用いる」ように見える.女性を見下すことにしてしまえば,しょぼい男性も,自分は半分より上だという間違った気分に浸ることができる.

ああ,つまらない.そういうしょぼい男性が多すぎる! そういうしょぼい男性は,男性にも嫉妬したりする.女性に上から振る舞うのは世界の半分を見ないで死んでしまうことである.つまらない.そういう人は,他にも色々な差別感情を持って,狭い世界で生きていることが多いのではないだろうか.男同士で話していても,総合的につまらない男性であることが多い.

日本女性は海外の男性にモテるが,日本男性は海外の女性に概してモテない.外見の違いやレディーファースト的な欧米男子の習慣は,一つの理由であろう.私も当然モテない.

ただ,それに加えて,日本人男子のださい振る舞いも理由であると思う.決断できなかったり,何となく笑っていたり,そして,隠れたところで村意識や各種の差別(男女差別を含む)を抱いていたりということである.もちろん,欧米男子にも各種差別を行う人はたくさんいるが..

英語が話せるかどうかの問題ではない.自分なりにかっこよくあろうとか,信念をもって振る舞おうとかいう態度の問題だ.男である私は,私をとり囲む男性たちにはそうあってほしいものである.幸い,自分の男友達は,そういう意味でかっこいい人が多い.

2011年4月23日

パーフェクトスウェーデン

「よく海外に行く」という印象を持たれる.しかし,プライベートでは5年以上海外に行っていない.全て仕事である.仕事の海外出張とは,学会で研究成果を発表したりするか,現地の大学に滞在して目当ての人と共同研究プロジェクトをするか,のどちらかである.どちらにしても,いわゆる先進国に偏る.自分の場合,アメリカと韓国が多い.

新しい国に行かなければならない! 100カ国制覇という公約(?)があるから.今回,久しぶりに新しい国に来た.スウェーデン.三十数番目の国のはず.

スウェーデンといえば,福祉国家(ゆりかごから墓場まで,と社会の教科書でも習う),ノーベル賞,サウナ.北の方に行くと白夜がある.オーロラも.自分の知っていたことはその程度だ.仕事仲間の医者によると,鬱病が多いらしい.

スウェーデンはパーフェクトである.
空港は超モダン.床は木目調で美しい.電車の窓枠や上の棚まで木目調.照明の使い方も素晴らしい.街にもインテリアのお店やギャラリーのセンスが光る.人々の服装も,建物の彩色も,カフェの雰囲気も.私のようなジェントルマンにぴったりだ.おほほほほ.

先月は3週間アメリカだったので,大差を感じるのかもしれない.アメリカでセンスを感じる人や物に出会ったことはあまりない.センスにあふれる人や物は,欧州などからの直輸入であることが多い.私にセンスを切り捨てられてしまうとは,アメリカも残念である(ただし,アメリカの好きな所は他にたくさんある).もっとも,ミュンヘンやヘルシンキの空港も同様だったから,美しさはスウェーデンの専売特許ではないかもしれない.

そして,スウェーデンはパーフェクトである.
空港から電車のホームまで直接エレベーターで行ける.効率的.無駄な改札やエレベーターは無い.電車は限りなく速い.空港から市内まで20分.時速205キロで走る.飛ぶかと思った.「こだま」号と変わらない!
街では,地下鉄の切符売り場,コンビニからバーのビール一杯までクレジットカードが
通用する.9日間の滞在で現金が必要になったのは,トイレと博物館のコインロッカーだけである.

英語の通用度もパーフェクトである.
これもスウェーデンの専売特許ではないけど.コンビニやバーの店員も自在に英語を話せる.知られた事実ではあるが,やはり驚く.稀に英語がいまいちな人を見つけると,外国人労働者である.スウェーデン語は一見したところわからなかったが,慣れると結構読める.所詮英語に似ているのである.得だなぁ.

スウェーデンはしばしば日本に似ている.
スウェーデン人は真面目だ.
他の北欧諸国と比べて,保守的で折り目正しいとか.デンマークはもっとリラックスしてて,ノルウェーは石油とかもあるし金持ちで,など北欧各国の特徴があるそうだ.そりゃそうだ.電車の席や順番の譲り合いは,いちいちお礼を言わないが,スムーズで洗練されている.アメリカとはとても違う.また,リサイクル意識が高かったり,少なくとも表面的には移民に対して寛容・平等に接するらしい.
笑えたのは,道路に出てた国立博物館のポスター.館内に展示してあるのだろう中世の裸婦画のポスターなのだが,胸とかがエロ本のようにモザイクされてる.日本でも,この状況ならわざわざモザイクにしないと思われる.もしやジョーク?
この一連のきまじめさは,同様にパーフェクトさを感じたスイスにはないと思われる.

そして,スウェーデンはしばしば日本に似ている.
なぜなら,マックとイレブンがなぜか多く,太い人が少なく,寿司屋が日本より多い.魚がおいしいから寿司屋なんでしょう.

そして,スウェーデンは物価が高い.
円高と言われる今 (1ドル = 83円) で,やっと日本とどっこいどっこいか,それでもスウェーデンの方が少し高いくらい.地下鉄は一律400円.痛い.トイレは有料.痛い.物価に加えて弱点を言えば,人々が保守的で国に勢いがなかったりするそうである.
でも,スウェーデン気に入った☆

2010年7月16日

電脳とお友達

コンピュータは苦手だ。

  • 大学1年生で受けた授業では、フロッピーディスクドライブに2枚ディスクを入れようとして壊しそうになった。故意ではない。

  • 当時はインターネットが遅く、逐一ページが現れるのを待たされる。待つのは嫌いです。

  • 大学の演習室。周りを見渡せばマニア、マニア、マニア。男、男、男。爽やかでない。夏の日の冷房以外、演習室にいい思い出はない。

  • 学生気質を発揮して、わからないことは本やネットで調べようとした。しかし、専門語の羅列で吐き気がし、わからない。近くの人に聞いても、わからないか、ちゃんと教えてくれないことが多い。

  • 情報処理の授業。先生が黒板に

    「x=x+1;」と書く。

    「こいつ、馬鹿か? x を両辺から引けば 0 = 1?ありえない」

    1ヶ月後、馬鹿は自分だと知る(x=x+1; は、プログラミングで、x という変数に x+1 を代入するという意味)。この授業を教えた先生は、現在、東大総長と直接やりとりする身分の教授である。近くにいらっしゃってよく会い、会う度に恥ずかしい。

以上から想像されるように、私の情報系の授業の成績は何だか悪い。いや、授業の成績などよりも、コンピュータが苦手なまま学年を重ねてしまったことが問題だ。

とはいえ、大学院に入ってからは、必要上、いやおうなしにプログラムを書いて走らせる。コンピュータから出てきた結果をもとに論文を書くのが仕事なのだ。よって、最低限のプログラムはできるようになる。メールや、ワードでの書類作成、パワポでの発表も仕事上欠かせない。これらも人並みにできるようになり、苦手意識は消える。

しかし、仕事関係の周囲の人たちよりは格段に下手である。周囲のレベルが高すぎる?しかし、文系の友達と話しても勝率 5 割に届かないので、周囲のせいではないようだ。劣等感はないけど。ただ、嫌い意識は変わらない。逃げ回りたい理由があるのだ。

  • そもそも、目が疲れる。

  • マニアック。そして、本やマニュアルやネット上に転がっている情報は、大抵わかりにくい。何かの設定方法を調べていて10分以内に解決できないと腹がたってくる。

    何故こんなわかりにくい文章を書くのだろう?

    誰に向けて書いてるのだろう?

    ゴミ情報が多すぎ!

    など、色々な思いがよぎる。情報の洪水ということかもしれない。あんたも努力しなさい、という声が聞こえてきそうである。しかし、できない。自分の価値観から著しく逸脱しているのである。

  • コンピュータ好きという人種に溶け込めない。最近は変わってきたが、典型的には、人よりもコンピュータの方が好き、専門語を用いて会話する、自分が話しかけても画面から目を話さずに答える、など。友達になれない...

  • 使いにくく、商業主義にだまされてる感じがする。ウインドウズはバージョンアップする度に使いにくくなり、多数の不必要なソフトウェアが最初からインストールされてたり、操作にいらいら感を感じたり。ユーザーの使い勝手はどこに?またまた色々な思いがよぎる。

  • 待たされる。ウインドウズの立ち上がりが遅い(自分が、持ち運びを重視して、小さ目のラップトップにしたせいかもしれない)。シャットダウンにも1分以上待つ(おかしい!)。ソフトのインストールにも待たされ、サポートの電話はつながらない。検索も遅い。待つのは嫌いです。

文句を並べるのは簡単。その分の恩恵を受けている。でも、恩恵の分だけ我慢しろと言われると逃走してしまう。複雑ネットワーク(インターネットも含む)の研究者なのにとか、「情報理工学系研究科」の教員なのにとか小言を言われたとしても、逃走するに限る。

そのような私に最適な救世主が現れたようだ。 マックとグーグルである。

マックはいくつかの機種があるが、ここでは、最近街中でも見かける薄いラップトップ (MacBook Air) を指す。グーグルは、検索や無料の gmail で有名である。それらの機能の詳細については、それこそ、ウェブや書籍上に大量の情報があるので、ここでは語らない。

マックや gmail については、仕事上の友達からしばしば勧められていた。そこで、一大決心!2010 年 5 月に、15 年使ってきたウインドウズやふつーのメールを捨てて、マックと gmail に乗り換えた。

その結果...実にいい。

操作がわかりやすい。マックはユーザー本意。人が使ったときにどう感じるか、どのように仕事が効率化されるか、といったことが考えられていて逐一感心する。速さも自分の基準では満足。立ち上がりも消すのも一瞬。無駄なソフトもなく、スタイルもよく、あからさまな商業主義を感じさせない。デザインの斬新さや、ちょこちょこどうでもいい新製品を出したりしない方針などにも、その性格が現れている。会社の方針に共感できるのかもしれない。空港でどこかのウインドウズマシンを開いても嬉しくないが MacBook Air を開くのは少し嬉しいことを、この文章を空港で書いていて発見した。マックは私のように感じる客層も意識しているはずだ。

gmail や他のグーグルの道具も、ユーザー本意の心地よさを感じさせてくれる。グーグルは個人の利用統計を集めて利用しているということで、個人情報保護の観点から避ける人もいるが、自分は気にならない。大いに観察したまへ。

ひとつひとつの感心については技術的なので書かない。ともあれ、こうして、コンピュータを好きになれそうになってきた。細かな設定や、マニアックな追加機能の話を好きになるという意味ではない。むしろ、細かな効率化を通じて、自分がコンピュータに接する時間は減りそうである。それを可能にしてくれるツールは、私のライフスタイルの一員として歓迎である。

こうしてデジタル文化と少し仲良くなったのでした。

2009年3月11日

沖縄によくある物?

33歳にして、初めて沖縄へ行った。色々な所に出張で行くと思われているせいか、「意外だ!」とよく言われる。

時間がゆっくり流れている、戦争の歴史がある、ビーチがある。

こういった沖縄の一般事項については、私がわざわざ語ることもない。

そこで、沖縄で、何だかよく見たもの聞いたものコンテスト!

  • ファミリーマート ← ローソンは少しある。セブンイレブンは見ない。

  • マクドナルド ← さすがに入らなかったが。

  • KUMON(公文式)の教室 ← 他の学習塾は、たくさんあるようには見えないが。

  • 車 ← 地方都市、ということなのだろうか。

  • 車やバイクの信号無視 ← うーむ

  • 巡回してるパトカー ← 救急車は見なかった。

  • 沖縄そば屋、ヤシの木、さんぴん茶のペットボトルや缶 ← 言わずもがな?

  • 「へんなおじさん」の歌 ← 沖縄民謡が発祥らしい。演奏つきの沖縄飲み屋さんでよく聴く。耳から離れない...

  • 関西弁 ← 地元のアクセントが、関西っぽく聞こえる。名古屋でもそう感じる。区別ついてない。関西の人が聞いても怒るだろうな。

2008年11月10日

ハーフマラソン

長く歩く。長距離走。ひたすら泳ぐ。瞬発力でない系の運動は得意な方である。

仕事柄、1つのことを続けるのも上手である。

自然に、いつからか、体力維持も兼ねて週1でジョギングするようになった。

すると、追究することが本職である以上、行きつく先は決まっている...

マラソンだ。

さすがにフルマラソンは長い。ということで、初ハーフマラソン(21キロ強)を去年走ったところ、悪くはなかった。今年も1度、と思って友達を誘って申し込む。しかし!! まずいことに気づいた。

時間制限がある! 1時間57分以内。1キロ=5分30秒という、極めて理系的に計算された数字。好きじゃない。現状だと、そのペースで5〜6キロ走るだけでいっぱいいっぱいなので、21キロは保てるわけがない。しかし、申し込み金は戻ってこない。誘った友達は:

「うーん? (俺も初めてだけど) 何とかなるでしょ」

この男は、運動能力が高いので、あてにならない。

本番では、途中に関門がいくつかある。1キロ=5分30秒相当でそれらの関門を通過しないと、失格になって回収(!)されてしまうらしい。トラックとクレーン車が後ろから追いかけてきて、走っているところをクレーンで「ういーん」とつまみ上げられて、トラックの荷台に「ういーん」と降ろされるイメージ。格好悪すぎ!実際には、バスか何かで運ばれるのだろうけど...

まだ2ヶ月ある。練習によって回収を避けるしかない。

長距離を走るには2つの鍛錬が必要なようだ。

1つは当然スタミナ。

もう1つは筋力。去年の経験によると、日頃から5〜10キロ走っていても、本番で15キロとかになってくると、足が前に出なくなる。呼吸は余裕があり、さほどゼイゼイ言わない。「長走り筋」が足りないのだ。

そこで、トレーニング。


週1回だった走りを週2回にしたら、スタミナはものすごく改善した。結構ペースを上げ下げしても疲れない。坂を登っても疲れない。私用で電車に乗り遅れそうなときも、職場から駅ホームまで歩いて8分のところを4分にできる。有用。怪しいけど。


筋力の方は、長距離を走りこむしかない。週2回のうちの1回を10キロ、15キロなどの長距離にした。最初は疲れるが、徐々に普通になる。文京区本郷の職場から15キロだと、埼玉県に入って浦和直前くらいまで行けてしまう。

こうやって、回収されない安全圏に入ったのであった。しかし、走りすぎは毒である。

  • 長距離を走ると、特に関節などに無理がかかってケガをしがち。マラソン選手もそうだ。

  • 長距離を走った後は、疲れすぎて、仕事にしろ遊びにしろ手がつかない。例えば六本木に行ってサルサを踊ることはまず不可能である。

  • 時間を確保して走らないといけないので、生活の他の部分に皺寄せが来る。同じ日程でこつこつ走り込むことが大切なのはわかるがね...

  • 楽しくない!!マゾだ。苦痛ではないが、そこまで苦労して記録出したいわけではないし。練習した分だけ数字が出るのが楽しみ? あまりそう感じない。スポーツはやはり2人以上のものがいい。流行もあって、各地にジョギングクラブがあるようだが、走る行為は1人なのに、わざわざ人と集まることは自分の趣味にはあわない。本番が1人なら、練習も1人。うむ。

本番。高名な横浜ハーフマラソン。3000人くらい。すごい盛り上がり。会話は極めてマニアック。「この何キロを何分何秒で行けば...」 など。みなとみらいを走ると思いきや、スタートとゴールが山下公園なだけで、後は、船のコンテナや貨物電車がある怪しい工業地帯を黙々と走る。景色よくない。うーむ。

練習の甲斐あって余裕だった。最初から最後まで1キロを5分丁度で走って1時間45分10秒。去年より17分も速かった。回収リミットからも12分も速いので精神衛生上よい。友達は、先週まで風邪などでへばってたにも関わらず、さらに良いタイムだった。油断しないで正解だった...レース後の中華街で、ジャージ着用率が高かったことは言うまでもない。

次からは、制限時間が緩いのを、友達と一緒に走りたい。個人競技だ、とか言いながら、大会に出るなら、友達と行くくらいが楽しいということ。練習も2週間なら緊張を保てるが、2ヶ月だと気持ちが疲れる。スポーツは楽しいのが一番。

2008年5月1日

家は見た目が1割

2006年までで、自力の引っ越しが6回。引っ越す度に家と職場が近くなったといって過言ではない。

大学院生になって一人暮らしを始めた。最初のアパートの家賃は37,000円。風呂がないので、大学でシャワーを浴びる。授業の書類を提出しようと事務室に入る度に、事務の人は「増田君、シャワーの鍵借りにきたの?」と聞く。恥しいことこの上ない。池袋から片道6.5キロを自転車で通ったものだ。

その後、引っ越し5回。最も遠くて自転車15分通勤である。座右の銘としている四字熟語は?と聞かれると、「臥薪嘗胆」、「有言実行」は模範解答例だろう。自分の場合は「職住近接」かもしれない。

ところが、転職を機に、片道1時間の電車通勤となった。耐え難い。一人ならコバンザメのように職場の近くに引っ越すのが得意技だが、二人暮らしになったのでそう簡単には決められない。そんな1年の電車通勤の末に出した結論は...「無理っす」。やはり引っ越そう。

職場は、お高いイメージの東京都文京区。しかし、高くはない給料で無理はできない。職場から徒歩10分で、それまで住んでた埼玉県より家賃が少しだけ高く、少ししか狭くない、という一見良さそうな物件があったので、入居した。9階建ての鉄骨ビルで、見た目もきれいで新しい (注:自分は見た目より頑丈さ重視だけど、二人で話しあった結果ということ)。相場よりも数万円安いと思われる。

しかし、住んでみると...やばい。仕切りがものすごく薄い。日々のありえないできごとを、さりげなく公開。

  • 隣の家の声や携帯のバイブが聞こえるという話はよくある。うちでは、隣の人の歯磨きと、ため息 (大きめのとき) も聞こえる。うちの音も隣近所に響いてるということで、おそろしい。開き直るしかないね。

  • 隣の目覚まし時計が聞こえるという話はよくある。うちでは、2つ隣の目覚ましも聞こえる。冬で窓を閉めてても、よく聞こえる。

  • 寝室のクローゼットから、リビングの光が漏れて見える。木漏れ日?

  • 廊下が煙草臭い。住民は廊下で吸ってない。吸っている家の中から漏れてくるのだ。

  • エレベーターを待っていると、家々の食器の音がきれいに聞こえる。リビングは各家の奥の方にあるんだけどな。

  • 大通り沿いで病院が近いので、救急車がよく通る。車の音も含めて、これは慣れると大丈夫になる。うちでは、換気扇経由でトイレ、風呂、キッチンにも救急車のサイレンがこだまする。トイレの中でサイレンがなると一瞬焦る。

  • 網戸がない!しかも、窓を解放すると、6階なのに、色々な虫たちが入ってくる。

  • 冬は室内より廊下の方が暖かい.

  • 外で強めの風が吹くと室内で風船が揺れる.

実は、今までの住居で最もしっかりしていたのは、最初の37,000円である。一番古かったのに。最近の家は建材が薄いのか?日本ピ〜ンチ?

管理会社に相談すべきことはするとしても、愚痴っぽい生活になってはしょうがない。ずっと住むわけではないし、十年後の笑いのネタを拾っておく、くらいの広い心を持ちたいものだ。交通は便利だし。「人は見た目が9割」らしいが、住居は見た目で決めちゃいけない。みなさんも気をつけましょう。

2006年7月16日

ニューヨークって実は

今後は難しくなるかもしれない長期海外。それも、世界の中心、ニューヨーク。満喫しない手はない。

ニューヨークは3回目。前の2回は数日間の観光訪問だった。2ヶ月もいると、「訪問」より「滞在」、さらには「居住」に近くなってくる。もっとも、カリフォルニア州サンディエゴに1年住んだので、新発見は少なかろう、と思ってた。しかし、西海岸と東海岸の違いか? 色々な発見があった。

発見は、金欠から来た所が大きい。予算の懐事情でホテルに住めない (そんな身分じゃないとも言う) ので、短期アパートに住む。洗濯も掃除も炊事も自分で。マンハッタンは、島全体の家賃が麻布並に高い。よって、地理もよくわからぬまま、日本からネットでクイーンズのアパートを契約する。マンハッタンまで地下鉄で15分。悪くない。

大きな荷物を持ってクイーンズへ。

古い...

電車の高架から見下ろす風景からして汚い。延々と連らなったレンガ風アパートの多くは、50年以上昔かあるようだ。小さい商店、レストラン、スーパーがごちゃごちゃと、至る所に存在する。逆に言うと、大型店はもっと郊外の車社会に行かないとない。小型トラックのようなアイスクリーム屋が、かわいい音楽を慣らしながら、毎日決まった時間に同じ場所を通る。人々がアパートから湧き出してきて、アイスを求める。有人無人の洗濯屋が徒歩1分ごとにあり、人々は大きな洗濯袋を持ってのんびり歩く。人々はアパートのドアの前に座って長いeveningをぺちゃくちゃ話して過ごす。近くで子どもたちがボール遊びや縄飛びをしてる。子どもの割合が非常に多い。

時間がとまっているかのよう。

なぜだ?なぜだ?

理由はすぐに判明。

住みわけしてるのです。道端からは、英語を凌ぐ割合でスペイン語が聞こえる。他にも、イスラム、インド、中華、韓国など色々いる。彼らの多くは移民であり、ニューヨークは移民の労働力がないと成りたたない、と言われている。彼らの中にはビジネスなどでがっぽり稼ぐ職の人もいるが、多くは、いわゆる単純労働力を提供している。人に言わせると、マンハッタンに住む感じの人達とクイーンズな人達、ブルックリンな人達、ブロンクスな人達、と自然と住みわけがなされている。一種の貧富の差の現れである。例えば、ブロンクスは黒人が多いことで有名。

クイーンズにも色々あるが、私が住んでた所は、明らかに労働者な地域。今まで階級について考えたことがなかった。サンディエゴに住んでたときは、大学の敷地内に住み、大学の人間関係がほとんどだった。いわば、みな知識階級だったわけだ。そもそも、階級って差別っぽくて好きじゃない。しかし、、、階級社会を受け入れることは、住み心地と関係ある。

我がアパートの入口では、老若男女の住民が毎日のように座りこんで、夜半までおしゃべりしてる。我が部屋は1階。うちの棟がハズレだったというのもあるが、うるさすぎ...多くの人は、酔ってないのに必要以上に声が大きく、常に叫んでる。住民同士が声を荒げてケンカっぽい。ただ、本気では怒ってないと思う。親たちの会話はさすがに適当な時刻に終わるが、若者は終わらない。バーなりドライブなりに繰り出せよ、と思うが、なぜかしない。酒がなくても延々と続く。うちの前に限らず、一帯がざわざわしてる。話し声、叫び声、携帯電話、サイレン、音の巨大なエアコン、ドリルの音、水を流す音 (巨大)...人々は滅多に文句をいわない。気にならないのか〜。もっとも、他の住民が夜中に注意してたが、彼らは相手にしない。価値観がとても違う。治安はいい地域んだけどね。

自分が仕事やプライベートで接するアメリカ人は、他人がどう感じるか、どう困るかそれなりに考えるので、とても違う。また、家族や恋人なら別だが、近所の人と毎日長時間のおしゃべりはしない。時間について、もう少し厳格である。

こういう不便を避けたいなら、マンハッタンのしかるべき地域に住みなさい、ということになるのだろう。もっとも、若造なので辛抱。慣れると喧騒の中でも寝れるようになる。文句を言っても始まらない。タフガイにならなきゃ、ね。

貧富や階級の差が、一番印象に残ったこと。コジキとかの話ではなく、ちゃんと給料もらって生活してる人達の間にも大差があるのです。貧富差は、食べ物にも見てとれる。野菜は高い。ハンバーガーや菓子パンは安い。よって、貧乏だと太る。オーガニック食材の店とかは、特にマンハッタンには多くある。おいしそうなサラダカップで公園でランチしてる人がいる。しかし、サラダ+飲み物だけで千円に届く。そういうサラダを食べてる人は、大抵太っていない。彼らがマンハッタンに住んでる保証はないが、このような生活がマンハッタン系の一例か。日本でも貧富の差が徐々に拡大している。住みわけ、食べわけが日本にも到来するのだろうか?

さて、職場の大学はマンハッタンにある。

しっかし、マンハッタンも汚い。おしゃれな SOHO でも、道路のコンクリは剥れ、隆起して、ネズミの死骸とかが平気で転がっている。下水が少ないので、雨が触ると、大きな水たまりがたくさん。食べ物もアメリカン・フードといえば、ホットドッグやハンバーガー等「がざつ、汚い」。このような所からどうして芸術が生まれてくるのか不思議でならない。国際性の力か?雑踏にヒントが隠れてるのか?住んでたサンディエゴも、ニューヨークから近いボストン、ワシントンDC、ボルチモアなども行ったことがあるが、もっときれいだぞ。ちなみに、ニューヨークの大学はきれいだった。オフィスビルも大概そう。ここにも貧富の差。

地下鉄もすばらしく汚い。車体はぼろく、揺れる。雨が触ると、地下なのに水浸しになり、雨漏りを喰らう。日本はなんてクリーンなのだろう。綺麗さにあまりこだわらない俺が言うのだから間違いない。

しかし、ニューヨークの地下鉄は効率的だ。地上から階段下りると、すぐホームという駅が多い。乗り替えも正面の電車に飛び乗るだけ。無駄なアナウンスもなく、いちいち他の接続電車を待ったりしない。しかも24時間営業。雑で速い。日本はアナウンスなり、丁寧さや過剰なサービスに金とマンパワーを割いてる。国民性かな。ちなみに、ニューヨークが日本より損してる事は、ガードマン。治安維持のために、マンハッタンの各マンション、大学、会社、色々なビルの入口にはたいていガードマンがいて、あわせたらすごい人口だ。

ニューヨークはやはり魅力的☆

東京同様何でもある。買い物、ビジネス、学問、映画、舞台、絵、音楽、ハイテク...しかも、国際性は東京を遥かにしのぐ。各国の食べ物・趣味・情報を集めるには最適。

そして、ニューヨークは空いている。アメリカ最大の都市といっても人口の意味では大したことない。レストランは、何やかんやいって入れるし、電車も大混雑はしてない。イベントの座席予約もしやすい。マンハッタンでも、昼間に閑散としてる場面はよくある。セントラル・パークは限りなくでかいし、マンハッタンから川を渡ってクイーンズやブルックリンに入ると、すぐに大きな空き地 (荒地) がある。東京の中野や荻窪くらいの位置に巨大な更地を探すのは厳しい。日本の混み具合ほどではないのだ。本当に人がごちゃごちゃしてるのは観光地たる Times Square 周辺くらいかな。

アメリカ人やヨーロッパ人は狭い狭い言うが、日本人の基準で言うと、ニューヨークは、都市と空間を兼ね備えた住みやすさがある。日本を含め各国のものも揃うところは、さすが世界の中心である。その魅力を2ヶ月の滞在だけからは伝え切れないが、一言。「汚くてすごい街」。

2004年10月12日

井戸掘ってブラジル

ブラジル。サッカーとサンバ、そして日本から遠い所として有名である。まさに日本の裏側。時差がちょうど12時間なので時計を調節する必要がないのはありがたい。しかし、、、やはり遠い。飛行機で成田〜ブラジルの玄関口となるサンパウロまで 24 時間以上かかる。そこからさらにサンパウロから他の所に行ったりするのだからたまったもんじゃない。日本から井戸を掘って地球を貫通した方が絶対速い!と何度思ったことだろう。そしたら、井戸にとび降りるだけでブラジル到着♪

そんな遠い国にも日本人のコミュニティーがある。1908 年に 791 人の日本人がブラジルに移住した。現在では、その子孫は 130 万人を数える。サンパウロには東洋人街(特に日本人街)があり、うどん屋定食屋が普通に軒を連ねている。うどん屋の中でボサノバギターの引き語りがあったりしてちょっと違うがな。「●×県人会」などの看板も多く、日本関係者の結びつきは日本国内より強いと思われる。日本の生活用品等はだいたいそろうらしい。

海外で機能している日本人コミュニティーはロサンゼルスとサンパウロだけと言われる。こことロス (Little Tokyo という)の違いは、ロスには絶えず新しい日本人が大挙して訪れたり住んだりするが、サンパウロの日本関係者のほどんどは入植した日本人の子孫である点だろう。現在では、2世や3世がメインであり、日本語を操る人は多いものの彼らの母国語はポルトガル語である。すると、地元の文化と混ざってレストランのメニューに怪しい項目を見かける。

  • Yakishoba:発音がかわいい。同僚が注文しで自爆。どんぶりで出てくる時点で間違っている!

  • Moyashi Itami:傷んででまずそう。しかし、実は牛肉と絡めた炒めもので、味付けもナイス。

  • 天プラらーめん:日本語としてはあってるが、そんな食べ物日本にない!麺がインスタントラーメン風で、すでによろしくない。エビなど海産物はおいしいのだが。。

  • ゲリンピース:うっ。

  • Misoshiro:白ミソを使ってるわけでは特にない。

  • 五目野菜の煮き:中華料理屋にて。トマトが入ってる。。。

日本人の子孫の名前も、和風を目指しつつ微妙に日本語の名前になってないのがたくさんある。個人のプライバシーがあるので具体的には挙げないが。。。

いずれも、 VOW 上位入賞は間違いない。

ブラジルは、かなり進んだ国だ。2ヶ月前に行ったインドと比べてしまうせいもあるが、ブラジルは格段進んでる。

道に穴が多い、公共交通がやや少ない、スラムが街のどこかにある、ガードマンの数が多い、物価は日本の半分くらい、などの点はあるが、ヨーロッパでもそういう国はたくさんある。むしろ、地方都市まで含めて、街には携帯電話、ファーストフード、スーパー、高層ビル街、高級ブティック、地下鉄、清潔な車、と日本と大差ない。地方都市は日本より活気があるという意味でプラスだし、技術的に日本より進んでいるシステムもたくさん導入されている。たとえば、バーコード。レストランや空港の入場などはバーコードで一括管理されていてスムーズだ。ホテルへのコンピューターの導入もおそらく日本以上に進んでいる。そして、首都ブラジリアは計画都市。日本の大江戸大迷路とは雲泥の差の秩序。また、物理や数学の研究レベルは高い。だからこそ、わざわざブラジルまで学会にやってくるわけだ。

しかし、やはりここはラテンなアメリカ。それを象徴するかのようにご飯は遅い。夜は8時でも早すぎるくらい。9時10時に食べるのが普通。もっとも、全てが遅く、物事は待たせがち、待ちがち。そして、大音量でテレビや会話を楽しむ人が多い。選挙は面白い。訪れたときはたまたま選挙シーズンだった。投票が義務のせいもあるが、市民もかなり選挙活動する。ある候補はサンバで、ある候補はボサノバのリズムで行進する。行列の先頭が候補ではなく、ダンサーだったりする。行進といっても、日本のように難しい公約をたれながら練り歩きはしない。踊りと鳴りもので、じゃらんじゃらん。カーニバルそのものじゃ。

ところで、街を歩いていると服飾、靴、音楽の3種類の店がやたら目につく。日本で普通に見か ける洒落たファッション系の店構えを想像してほしい。そう、ブラジルは何気に(?)ファッションの国。服のセンスはかなりハイレベル。しかも、美男美女をたくさん輩出する国だ。その中でも美女の産地として名声高き街に一週間いたのだが、地元の男子は「ここに生まれてよかった」としみじみ述懐していた。

食べ物は種類も味も豊富だ。まず、フルーツがたくさんある。フルーツジュースもカシューナッツのジュース、グアバのジュース、アボガド(に砂糖を入れたと思われる)ジュース、ココナツにそのまま穴をあけたジュースなど日本では見かけないものもたくさん。肉と魚も種類が豊か。亜熱帯の自然を擁するがゆえだろうか。特に、おいしい魚と肉が両方捕れる国は珍しいと思う。他にも、豆料理、キャッサバ系ポテトのスナック、フルーツの甘煮デザート、チーズのもちもちしたスナックなど。

ブラジルの締めは多様性。色んな人種がいる。ヨーロッパから移住した白人やその子孫が数的には多い。だだ、奴隷だった黒人の子孫、混血、日本人、中国人、他のラテンアメリカ諸国からの移住者などたくさんいる。多様性と言うと「人種のるつぼ」アメリカ合衆国があるが、ブラジル人に言わせるとブラジルの方が真の混合だそうな。確かに、アメリカでは、各人種はかなり固まって住む傾向がある。お互いを認めてはいるが、そんなにものすごい速度で混ざらない。ブラジルは、そういうことはない。もちろんアジア人が局在する東洋人街もあったりするが、ブラジル文化を通じて色々な人たちが比較的溶けあっている。まあ、大雑把に言えば アメリカ、ブラジル、インド、どれも世界の中で「るつぼ」の部類に入ろう。こういう国の常なんだろうか、よそ者には優しく、旅行者としては嬉しい。

2004年7月11日

カレー星人の国

インドを旅すると好きか嫌いの両極端のどちらかに落ち着くという。自分の周りには、気に入った派が圧倒的に多い。パックツアーに参加せず、途上国をのほほんと旅するタイプの友達が多いというのはある。聞く話が全て親インド的なのは、嫌いになった人はわざわざ他人に語らないというだけの理由かもしれない。

今回はインドへ出張。インドに出張がある職業とは、かなり特殊?農村開発、国際教育、保健衛生など「途上国」関係を想像されるかもしれない。しかし、インドは科学の国でもある。数学・物理など理系の科学のレベルは極めて高い。社会科学に目を向けるとノーベル賞経済学者アマーティア・センなどを輩出している。南部の都市バンガロールを筆頭にハイテク産業も発達し、インド発のIT技術やインターネットビジネスモデルの成功は後を断たない。中国同様、人口十億の頂点は素晴らしく切れるのだ。ちなみに、今回のミッションは学会参加。

インドは案外遠い。地図の上ではヨーロッパやアメリカ大陸への距離の半分くらいに見えるが、実は北欧やアメリカ西海岸までと同じかそれ以上の長旅。丸い地球を平らに引き伸ばして地図に描いてるからだ。地図の上での飛行機は、北極や南極の近くではすいすい進むけど、赤道に近づくほどちょっとずつしか進まない。飛んで見るまで気づかなかった。。。

そんな長旅、しかも一人での出張にはややうんざりだが、今回はわけが違う。インドと言えばカレー。カレー星人の俺はそれだけでわくわくする。

行ってみると、予期せぬことがたくさん起こって、そういう意味で予想通りの収穫だった。ただ、参った場面もたくさんあって、インドが好きか嫌いかはすぐに答えられない。今回はカルカッタとデリーという人口 1000 万超の巨大都市だけだったので、田舎も見なきゃわからない。ただ、旅の驚きはやはり新鮮。その鮮度は今までのどの訪問国よりもすごかった。旅なんて、人生のネタ作リに行ってるようなもの。そんなわけで、驚きを列挙して旅の感想ということにしましょう。

インドは正直とても汚い。衛生の概念はなさげ。石鹸すら嫌な匂いがして、手にくっついてとれない。下水が発達してないので、雨が降ると道路がすぐ池や河になる。車の排ガスとゴミで街はとてつもない匂いがする。日本ってやっぱすごいね。

人をだまして金をとろうとする人は多い。タクシーの運転手が 2 回分課金しようとしたり、買ったペットボトルの水が最初から開栓されてたり(嘘の水と入れ換えていた)、頼んでもないガイドを強引に買って出たり、警察のふりしてカメラ持ち込みに罰金をとろうとしたり、お釣りに偽札を混ぜてきたり。今回は痛い目には逢わなかったのでいいけど(水は飲む前ぎりぎりで気づいた)、暴力的なところもあって旅の気分を悪くさせる。まあ、相手は誰でもよくて、個人的に恨まれてるのではないことはわかるけど。慣れかな?それに、大半の人は良い人であることは言うまでもない。

研究所(企業でいうと開発部署のようなものかな)のゲストハウスに泊まったけど、これはすごかった。鍵が内側からかからない。トイレが水洗なのはインドにしては合格だけど、流れない。 1 日に 5 回くらい停電。よって、学会発表中も停電になって、しばしばパソコンの発表中に闇が訪れる。リスやらトカゲやらがたくさん室内に出る。幸い蚊に刺されない体質なので、そこはしのぐ。水もよく止まる。出たとしても汚いけど...

停電といえば、街中の信号機もよく停電する。大通りの交差点で停電が起こると大変なことに...!インド人も、そういうときはさすがに強行突破しない。というか、他の車が邪魔になって突破できない。警官が到着して手信号してくれるまで待つ。

ガードマンがいるレベルの建物、空港、いい感じの家の庭、大学などでも、装飾のお金はやっぱなかったりする。そういうときには花をひたすら飾る。花は水があれば無料で増える。すてきな知恵ではありませんか。

学会発表してようが、ハイテク会社に勤めてようが女性は基本的にサリーを着ている。最初はびっくりするが、各女性はサリーを複数持ってるわけで、着こなしや生地を観察するのは楽しい。進んだ都市に行くほど、ジーンズにタンクトップの若い人も増えている。ちなみに、女性の社会的地位は思ったより高い気がした。大学では、教授クラスまで含めて日本より女性の割合が多いくらい。ただ、夫が死ぬと妻が火に飛び込んで殉死する習慣のことがあったり(今もどこかで行われているかは、俺は知らない)、地域差はあるのでしょう。

ヒンズー教にのっとって、牛は神聖と聞いたことがある。しかし、それはウソだ!インドの牛は野良牛。そこら辺にたくさんいて、草やゴミを食べて生きている。神様がゴミを食べてたら、幻滅ではないか!犬好き以外は誰も野良犬を構わないように、インドでは誰も野良牛を構わない。日本で野良犬がいたら自転車や車がよけて通るように、インドで野良牛がいたら人々は単によける。なぜ日本の野良動物は犬と猫くらいしかいないんだろう?なんて、しょうもないことを思った。インドのような野良牛をはじめ、野良馬とか、野良鶏とか、いないのかね。飼ってる人もいるんだから。昔はこれらの野良もいたのかな。ただし、野良熊はちょっと困る。

少し古いが、インド映画「躍るマハラジャ」をご存じですか?テレビをつけると各チャンネルであれをやってる。ウケすぎ...

地元の学生がインドの誇りを 2 つ語ってくれた。1 つは、インドはヒンズー教の神に守られてた神聖な国であること...これは俺の守備範囲ではないので肯定も否定もせずに放っとこう。もう 1 つは多様性。インドはでかい。色々な民族が住む。食も、着こなしも、言葉も土地ごとに違う。インドはたくさんの通用語があることで有名だ。カルカッタ人とデリー人でさえ、基本的には英語でしか意思疎通できない。英語が母国語ではないのに、インド人同士が英語で話してるのはやや不思議だ。そして、多様なので違ってあたり前。言葉がわからなかろうが、外国人が来ようが、宗教が違おうが、驚かない。この包容力はすばらしく、島国日本にはなかなか真似できない。アメリカ以上の人種のるつぼ!?

やっぱり毎食カレーだった。本望。でも、しばらく見たくない(笑)

2004年2月28日

旅。驚き探訪

旅。

出張でよく単身外国にのりこむ職業柄、しばしば考える。

なぜ人は旅をするのだろう。

どうして飛行機に乗ってまでして遠い国に行くのだろう。

1 有利を求めて。

日本より安いブランド物。

日本にはない食べ物。

日本より安いダイビング。

日本では見られないミュージカル。

便宜ともいい、感動が伴うこともある。

2 刺激を求めて。

「人間は不満足な豚である」と、コリン・ウィルソンという哲学者が言ったらしい。われわれ、やはり欲望と新鮮さを食べながら生きてる。平らな安らぎもよいが、刺激のスパイスは生活を豊かにしてくれる。違う文化に育った人の行動、考え、振舞い、言葉、家、食べ物。「おいしい」、「美しい」、といった「評価」だけでなく、発見、共感、反発、なんて感情を楽しむ。そんな驚きは嬉しく、パワーをくれる。帰った後も、自分とは所詮違う他人の気持ちが少しはわかった気がする。

3 抱擁を求めて。

どの国も人から成る。新しい人と出逢えば、友達になったり認めてもらえるかもしれない。人間なんてどうせ弱いのだから受けいれてもらって何ぼじゃ。たまたますれ違った人の小さな親切。時間を共有した人の大きな優しさ。文化が違うから受け入れられにくいよ、外人は深い関係になりにくいよ、とも言う。でも、多くの国が、日本よりは異文化を大切にする。それに、日本人同士のつきあいってそんなに深いだろうか。

出張は、訪問地と目的がはっきりしすぎているので、1と3はたまたまそういうこともあるが、期待はしない。2:やっぱ刺激だよ刺激、うひょ!

今回の訪問地はアメリカとカナダ。アメリカに1年住んだし、冬のカナダ・オタワも去年行ったので、どうせ発見はないと思ってカメラすら持ってかなかったが、失敗じゃった。カメラは持ってなかったというのもある。とにかく、撮りたくなる風景、知ってるはずの土地での驚きなどいくらでもある。そんな驚きをいくつか。

カナダの首都オタワ。2月は零下20度が標準。今回は暖冬で、零下10度か1桁になった。慣れてくると、マイナス1桁はかなり暖かい。彼らは、摂氏プラスになると、春気分になってうきうきして半袖で外にくり出す。去年は、ありえない...と思ってたが、今年はその気分が微妙にわかる。慣れとはすごい。

でも、暖かいといってもマイナス2桁の世界。やっぱ寒い。そんな中、自分の期待を裏切るカナダ人の動きを間のあたりにすると、何だか楽しくなる。

2月は冬祭り。マイナス何度だろうが、週末は家族や恋人と屋外のバンドを聞いたり雪のモミュメントを楽しんだりする。冷え症の俺にはありえない...15分を越えると何だか息が苦しくなる。

現地で一緒に働いてた人達にハワイアンパーティに招かれる。やつらは「今日は暖かい」と言ってアロハシャツ+コートのみで会場に向かう。マイナス5度。アロハシャツはもちろん長袖じゃないよ。

テレビをつけると、ホームレスの報道をしてる。確かに、こんなに寒いのにオタワの路上にも物乞いがいる。

ニュース:「オタワ当局は、マイナス15度以下になると、ホームレスの安全を考慮して臨時施設に収容します」

じゃ、マイナス14度だったら放っとくんかい!怖ろしい国だ。

次の訪問地、ニューヨーク。マンハッタン、自由の女神、WTC(ワールド・トレード・センター)、ミュージカル、ウォールストリート.....そんなもの全部うそうそうそ!ここは、ニューヨーク州イサカ。車でニューヨーク都心部から5時間。雪と平原以外何もない。地平線のかなたが本当に見えるのだが、マンハッタンはやっぱり見えない。

最初に行ったコロラドもそうだけど、アメリカはやはりでかい。人口は日本の倍。しかし、面積は25倍。そして、アメリカはほとんど田舎だ! LA(ロサンゼルス)も SD(サンディエゴ)も超百万都市だけど、「イナカ」だ。都会(=八王子)育ちの俺は、日本がというより車なしでも手軽に遊べる都会が恋しくなる。人の密集とはすばらしい。

日本着。ひどく疲れている。しかし、まだ驚きは終わらない。

リムジンバス乗り場へ。バス停の係(日本人)が英語で話しかけてきた。そんなに日本人っぽくないかい!そのまま従ってもよかったが、さすがに悔しいので「日本人です」、と告げようとした。英語がうまいわけじゃないが、3週間使わなかった日本語はすっかり衰えていた。

俺:「日本語です」

バス停のお兄さん:「....」

彼は、いぶかしそうな顔をした末、1 秒後には日本語の下手な外国人ががんばって日本語を話そうとしているものと理解した。そして、ゆっくりとした日本語に切り替えてきたのであった。

「おにもつはーーーー、1 つですかーーーーーー」

ジェスチャーつき。「1 つ」は人指し指をたてる。これ世界共通。うきーー!!

1 週間後、さすがに日本語はもとに戻る。よく会う友達にたまたま会った。

「直紀の日本語って、英語を直訳したみたいな日本語だよね」

...ダブルショック。立ち直れるだろか...

驚きとショックは人生の糧。

2003年11月24日

隣国発見

以前、あるドイツ人に

「ドイツに一番似てる国はどこか?」

と聞いたら、彼は

「オーストリアかスイス」

と返ってきた。オーストリアとスイスは世界に数少ないドイツ語の国だ。

「日本に一番似てる国は?」

と聞かれて迷わず

「韓国」

と返す。もちろん韓国はハングル語の国だ。

「中国ではないのか?」

とつっこまれる。

上海訪問や中国人の友達(少ない..)、知人からのイメージとして

「文字は似てるし共通点も多いけど、政治体制が違う影響で人の考え方もかなり違う気がする」

と答えた。でもホントウ?そんな折、仕事で韓国行きゲット!

いざ韓国へ...やっぱ日本と似ている。

街。建物の並び方が似ている。看板や店の大きさも。宣伝のパターンも。モールのつくりも。デパートに至っては、1階が化粧品、2階からレディースが始まって地下が食糧品売り場、しかも「北海道フェア」なんてやるとこまで(北海道だったのは偶然だけど)似ている。似てると、違和感や驚きがないので見落しがちだけど、他国と比べるといかに似てるかわかる。レディースは、デパートの中にたくさんのブランド店があるよりは、独立したこぎれいなブティックでしか売ってない国は多い。コンビニは、途上国では高級っぽくなってしまう。ヨーロッパでは街並にもマッチしていないし、雑誌は雑誌スタンド、コーヒーはコーヒー屋で買うのがお約束(?)だ。でも、韓国のコンビニは使われ方も商品のレパートリーも配列も日本と限りなく近い。おにぎりまである。でも中身は焼肉系と辛味の赤が多いじょ。

人。おじぎのタイミングや使い方は日本人とほぼ同じ。悪く言えば、見知らぬ人の厚意には目をそらしてしかお礼できないのは日本と韓国の共通点だ。じゃあ内輪重視なのも同じかな。とにかく、日本人的にはあうんの呼吸が通じやすい。

テレビ。番組構成が似てる。キャスターがでてきて街めぐり番組をしたり、素人のど自慢番組があって鐘の鳴り方で合格か不合格か決めたり(日本のあれです!)。音楽でも、年配には演歌系、若者にはポップ系が人気。

温泉。湯加減から入り方まで日本と同じ。温泉やサウナそのものは色んな国にあるが、ヨーロッパでは水温35度、水深は微妙に深く、水着着用。俺にはプールにしか思えない。裸でしっぽり湯につかると猥褻物陳列罪なくせに、サウナには男女まぜこぜですっ裸で入る。韓国ではそんな心配はいらない。韓国の温泉は日本人の期待に答えてくれる。

結婚式。縦書き(これはポイント高い)で短冊に新郎何々家、新婦何々家ご成婚、と書いてある。ギャラリーに行くとトロフィーに「第×回○○コンクール優勝」みたいに書いたピンクのリボンがつるしてある。日本のトロフィーや優勝旗みたい。

韓国でたちふるまうのが「楽」なのは、こういう相似点のおかげだろう。気づいてないことしばしばで、裏を返せば、いちいち考える必要があまりない。国民性や文化の相似といえばそれまでだけど、大戦時の日本の侵略は関係ある。あと、戦後は日韓ともアメリカプランで作られたこともポイントっぽい。また、韓国は日本を真似ることが多いという。この辺は文化摩擦につながりかねないし、俺にはどっちがどっちを真似してるのでも構わないけど、お互い意識してることは確かだよね。

ただ、違いもたくさんある。まず、言葉。これだけ国の様子が似てると、看板の意味が全くわからなかったり、ハングル語の「ありがとう」すら知らなかったりするのが不思議だし歯がゆい。もっとも、似てる言葉もかなりある。高速道路は「こうそくどうろ」、みたいな発音だ。デパートのロゴに Shinsegae と書いてあって、後で調べてみたら「新世界デパート」だった。また、全てのことはハングルで表記できるが、フォーマルさを出したり強調したりするために漢字を使う。実は、前に出てきた結婚式場の短冊は「新郎」「新婦」など漢字で書いてあった。トロフィーの「第×回○○コンクール優勝」も漢字だった。したがって完全にわかる。基本漢字は中学、高校で習うとのこと。基本といっても教養のある人なら日本の小学校で習う 1000 語くらいはカバーしてるように見える。

食べ物の違いは言うまでもない。キムチに代表されるように辛い。もっとも、辛くないきむちがあって、白菜の漬物そのものなんだけどこれもうまい。他にも、ちぢみ、カルビなど辛くないのもたくさんあるので、俺のようにお子ちゃま舌な人でも十分楽しめる。

物価は安い。日本の 7 割くらい。ただ、物価が安いからサービスや物が劣るわけでは必ずしもない。例えば、タクシーやバスは日本の半額以下だが、質は日本と変わらない。交通は手段であって目的ではないので、運転手さんたちの給料の話を除けば、高ければ高いほど社会の損失だ。

色んな意味でお隣さんの韓国なのに、交流は少ないなと感じる。似てるから好奇心の対象になりにくいのかもしれないけど、交通の壁は大きく感じる。みんながどう思ってるのかは知らんが、俺は飛行機の旅が嫌いだ。待ってばかりだし、狭くてうるさくて混んでる空港や機内で時間も体力も使うのは苦痛だ。成田からしてアホ遠い。今住んでる横浜からソウル市内まで結局 8 時間。もし、空港まで 1 時間、国内便みたいに 30 分レベルで搭乗、すぱっと離陸すれば 4, 5 時間で行けて新幹線で地方に行くくらいの気軽さになる。ソウル〜東京シャトル便計画もあるらしいが。

ぶつぶつ書いたけど近いことにはかわりない。時差もないし。よい旅でした!

2003年3月27日

北の国から

カナダは寒い。

カナダ・オタワ行きの 1 ヶ月前。スイスの国際会議に世界中から研究者が集まった。会議を仕切った地元の先生が冒頭、

「はるばるこんな寒い所まで来てくれてありがとう。」

2 月のスイスはマイナス 5 度。東京人の俺には泣きそうに寒い。カナダの訪問先で俺がお世話になる先生は 2 番目に登場。そして、

「こんな暖かい所に招いてくれてありがとう。カナダより 20 度暖かい。」

同じ会議に、やはりカナダ・モントリオール出身の学生がいた。

俺「来月カナダ行くんだけど寒いかな?オタワとモントリオールって近くだよね」

学生「それほど寒くないよ。3 月はマイナス 15 度くらいあるから」

...俺を乗せた飛行機は、まずアメリカのデトロイトへ。乗り換えの後オタワに向かう。

「当機は後 30 分ほどでデトロイト空港に到着致します。地上からの報告によりますと、天気は良好。気温は摂氏マイナス 10 度...」

全然良好じゃねーー。そして、カナダはアメリカよりも寒い。何故って、北だから。

米・イラク関係の緊迫とテロの余波のため、スーツケースを開けて全部調べて、客の靴まで脱がせるという警戒の中、オタワ着。マイナス 11 度。寒い.....マイナス 2 桁は北海道ではありうるんだろうか?いずれにしても八王子人の俺には初体験の寒さ。そこには東京ではありえない物も色々ある。全てのバス停に壁・屋根つきの防寒待合所があったり、大学の建物同士がトンネルでつながれてたり。運河は凍ってて、人々はアイススケート通勤している。インラインスケート通勤は見たことあるけど、アイススケートはすごい。運河なので全長 8 キロ。世界最長のスケートリンクという...その世界最長は反則だじょ。スキーが盛んなことは言うまでもない。

マイナス 10 度は、俺にとっては外を歩くだけでブルーになる寒さだ。身も心も寒いわ、あああああ。冷え症のせいもあり、指先が凍って痛くなるほど。俺が来る一週間前にはマイナス 29 度だったらしい。

地元の人「マイナス 29 度は 3 月にしてはちょっと寒かったかな」

むむう。そんなわけでカナダ人はたくましい。3 月後半〜 4 月になって気温が 5 〜 10 度になると、みんなハッピーになって半袖で外に出るらしい。そんな彼らは概して気さくで、アメリカに 1 年いた後の自分にとっては、アメリカに似てる所も多く親しみやすい。アメりカ人もカナダ人も優しいよ。アメリカ人(カナダ人)は自分勝手で表面的で...と良く言うけど、「ちゃんと相手をわかってそう思ったの?」、「日本人も場合によっては、自分勝手で表面的じゃん」って思う。ましてや、イラクに対するブッシュ的態度はアメリカでも少数派。もちろん、アメリカ大陸の肩を持ちたいってわけではない。深い友達付き合いになったら絆が強いなどの日本の美もたくさんある。どの国も強み弱みがある。カナダも然り。あえてアメリカ人と比べるとマイルドな人が多くてこっちも落ち着くかな。もっとも、半月だけの滞在ではそこまで深くわからない。

ところで、カナダ人に「カナダ食って何?」と聞いたら、あっさり「ない」と言われてしまった。カナダの食生活はアメリカに似ている。それはお世辞にも褒め言葉ではない!マックのフライドポテトをほおばり、でっかいコーラをすする。よって丸い人が多い。もっとも、寒さ対策にはよいかも。丸いと表面積少なくできるし、脂肪ってコートだし。ちなみに、カナダはメープルシロップが有名だけど、ホットケーキやお菓子にしかつけません!

最後にカナダ豆知識。カナダの公用語は?英語だけではない。ケベック州はフランス語メインであり、分離独立運動があったこともある。オタワも英語地域とフランス語地域があって、全てが2ヶ国語で表記されている。空港のアナウンスも英仏。大学の講義も英仏。特に、フランス語家庭の人は、英語も学校で社会でたたきこまれるので、パーフェクトバイリンガルだ。うらやましい。

冬に、しかも仕事で来てしまうとカナダ探検はできないけど、カナダはナイアガラの滝を始めとして自然資源の宝庫。人も少なく、物価もアメリカより安い。次回はぜひ夏に。休暇付きで。

2003年2月25日

パーフェクトスイス

日本はリッチだ。うまいものをたくさん食べられるし、時間さえあれば海外旅行もたくさんできる。日本に来る外人はみな「日本は物価が高い」とぼやく。旅行者も留学生も、節約かやけくその選択を迫られる。

しかし、世界は広い。日本より金持ちで日本より物価が高い恐るべき国が存在する。それは、スイス。

スイス人は上品だ。イタリア人よりマナーがよく、ドイツ人より愛想があり、よそ者にもやさしい。フランス語のしゃべり方もフランス人より物静か。

スイス人は知的だ。知能労働職についてる人が多いし、浮浪者もほとんどいない。観光客への対応も抜群によい。英語もよく通じる。

スイスは多言語国家だ。スイスジャーマン(ドイツのドイツ語とかなり違う!)、フランス語、イタリア語(少数派)、ロマンシュ語(さらに少数派)の 4 つが公用語。研究室の人達とアルゼンチン映画を見たら、映画はスペイン語で、フランス語とドイツ語の字幕がついてた。

東側のドイツ語圏は政治と商業の中心。フランス語圏の人に言わせると、自分勝手な人が多い。中央政治家の外交・経済政策が下手くそで国勢が悪化してるからむかつく、という不満も聞いた。ただし、ゴミの規則守るとか、車より電車を使おうとするとか公共心は高い。

西側のフランス語圏は文化の中心。各種コンサート・美術館・ギャラリーなどがいたる所にある。自分が滞在した Lausanne(ローザンヌ)では、滞在中に世界バレーコンクールがあって日本人が優勝したらしい。人々はリラックスしている。ドイツ語圏の人がこっち側をどう見てるかのかは知らない。いずれにしても仲が悪い。

こんな環境のせいもあって、何か国語もしゃべる人がごろごろいる。スイスに住む外人もしかり。英語、フランス語、ドイツ語の 3 つを話す人はよくいる。自分の前に座ってるスペイン人の研究者は、フランス語で生活し、家族とスペイン語で話し、イタリア語で友達とくっちゃべり、英語で仕事をするので最低 4 つは話
せる。研究者は教育水準が高いせいもあるけど、市井の人もすごい。車掌も色々な言葉を話しながら検札してる。もっとも、ドイツ語とフランス語はそれなりに違うので、マルチリンガルな環境で育ったわけじゃない人はスイス人でもそこそこ苦労はしてる。

スイスは綺麗だ。建物は歴史があり、しかもおもちゃのようにかわいい。道も公園もよく整備されている。電車も乗り心地よく清潔でしかも速い。

スイスはおいしい。チョコレートとチーズは国民食で、どこでどんなのを買ってもはずれがない。チーズフォンデュのゆかりの地でもある。甘すぎずおいしいフルーツのタルトもたまらない。スイスオリジナルの料理はやや種類が少ないが、おいしいイタリアン、フレンチ、アジア料理などがたくさんある。また、ローザンヌはアルプスの正面にあるので、水道水は我がホームタウン八王子よりおいしい。かの Evien(エビアン)の美しい街並は大学から見える。

スイスはぬかりがない。子ども・老人・障害者に配慮した町作りがされている。人々の理解もしかり。また、眼鏡を電車で失くしたら帰って来た!ちゃんと駅に遺失物係があってアイテムに札をつけて管理している。日本だと当たり前に思えるかもしれないけど、そんなことが期待できるのは日本、スイス、ドイツまで。

スイス人は余裕がある。他のヨーロッパ諸国同様、働きすぎない。労働者の権利がしっかりしていて、日本のように、夜中や土日に実質的に無給で働かされることはあり得ない。仕事だけでなく、映画、ビール、スキー、などを楽しみ、大切な人と時を過ごすことが幸せとされている。日本のように、「そうしたいけど、仕事が...」という理由で、5 年も 10 年も幸せを先延ばししてしまうことはない。今の余暇を大切にする。1 ヶ月、3 ヶ月の長期休暇もよくある。

労働者の権利が確約されすぎてて、土曜の夜と日曜はレストラン以外の全ての店が閉まる。スーパーもマーケットも閉まる。週末こそ客入りじゃん、という考え方はしないらしい。週末やってるレストランを見つけるのさえやや難しい。なので日曜日は退屈だ。Geneva(ジュネーブ)ほどの大都市でさえ中心商店街に人気がない。何故かスイス人は閉まってる店を練り歩いて(外側から!)ウインドウズショッピングを長々と楽しむ癖がある。気に入ったものがあってもその場で買えないし店員に話も聞けないのでアホっぽい。いずれにしても、東京のネオンと人混みが懐しい。そんな日曜の退屈さにはスイス人自体も不満を持っている。散歩するか、国民的スポーツたるスキーをする。基本的にアルプスだから、車で1時間くらいのところにたくさんスキー場がある。この手の休日スタイルは、家族・恋人仕様である。一人で来るとこれだからつまらん、ぶつぶつ。

話がそれたけど、このように、スイスはちょっと抜けてるけど完璧だ。人も愛想があるので、基本的に不満はない。でもひとつだけある。

全てが高い!! 350ml の缶ジュース 180 円、カップサラダ 500 円、マックのセット 900 円。学食も 800 円を下回るとカロリー補給に支障が出て、何も気にせずに選ぶと 1300 円とかする。外のレストランが倍かそれ以上することは言うまでもない。

食べ物だけではない。誕生日カード 500 円、ボールペン 250 円、スキーレンタル 1 日 5500 円など挙げればきりがない。基本的に下級品を安く売る店がないので、傘とかスリッパとか、俺にとっては使えれば何でもいいようなものが 1000〜2000 円平気でする。ビニール傘を売っておくれよ。ああ、100 円ショップが懐しい。スペインにもあるのに。

高いのは、経済発展のせいでもあるし、日本みたいに政治が腐っているので金が闇に使われて税金や物価にはねかえって来るせいもある。政治が保守的で政治家と金持ちの力が強い点は、何気に日本と似ている。

逆に金があれば何でもできる。物やサービスを買えることはもちろん、政治力を手に入れたり、徴兵をまぬがれることさえできる。誰も文句を言わない。良く言えばスイスは洗練された国で、悪く言えば勝ち組のための国である。ここに 1 ヶ月もいると日本もたいしたことないな、という変な自信がつく。でも、それは経済感覚が麻痺したゆえの自信なので危険だ。滞在したいなら、金持ちになってから家族で来ましょう。旅行は...してみる甲斐あるよ。謙虚になれるかも!

2002年6月25日

イタリアンコース

イタリア人はよく食べる。

朝食はそこらの座れる店(一般にバールと言う)で菓子パンとエスプレッソ。

昼食は遅めにパスタ、リソット、肉料理、ピザなど重量級。量も多く、おしゃべりと食事にかける時間も長い。日本でも大人気のレパートリーが、本場のチーズとトマトで更にパワーアップ。日本で出る味を遥かにしのぐ。

ゆったりしすぎて午後がはかどらない!その通り。定時までパリパリ働く人もいるが、平日の午後から外でケーキし、茶をしばく人が多い。今回の旅行の公用(名目)は学会。午後は...想像にお任せ。

夕食はさらに遅くてさらにでかい。学会には公式ディナー(バンケットという)の日が 1 回ある。8 時からホテルのデッキで立食。パスタはないが、海産物の揚げもの、ローストビーフ、中華、果物、ワイン、シャンペン。飲んで食ってうむ合格、と思った矢先。

「ディナーは食堂で出るからまだ食べすぎないように」

9 時。着席してディナー本番が始まる。学会のホテルが高級なのではなく、外で食べたとしても夜はコースで取るのがイタリア式。前菜、パスタ。立食を楽しみすぎた自分はもう十分。なのに、パスタもう一皿、肉料理。イタリア人は談笑しながら余裕で皿を平らげ、ワインの瓶を傾ける。それがイタリア式。出てきた飲み物は既に 6 種類。水以外は全部アルコール。繰り返すけど、一級レストランじゃないよ。

11 時。学会で疲れて眠い。帰ろうとしたら、とんでもないものが来た。プディング 1 皿。どーーん。さらに、アイス 1 皿どーーん。食えるかアホー。栄養に勝るものなし、そんなポリシーを持つ自分も健康を省みてやめとく。イタリア人はよく食べる。甘いデザートで締める、これぞイタリア式。中年太りがひどいことはいうまでもない。

イタリア人はサッカーが好きだ。2002 年ワールドカップ。燃えないわけがない。試合が始まるとテレビに釘づけ。ホテルの従業員は白いスーツでテレビの前に起立。働けコラ。学生も教授も学会から抜け出してテレビの前に集合。勉強せいコラ。とはいえ、自分も日本対ベルギーを見たので人のことはいえない。

イタリア人はオーバーアクションだ。自分もしばしばオーバーアクション属に入れられるが(納得いかない)彼らには敵わない。今日は、イタリア対クロアチア戦。自分はボスとテレビからはほど遠いロビーで仕事をしていた。

「あー」「わーん」「きゃーー」「うぉー」

俺 「叫んでますね。点が入ったんですかね」

先生「イタリア先制か」

しばらく後

「あー」「わーん」「きゃーー」「うぉー」

俺 「また決めたみたいですね」

先生「さすがイタリア調子いいな」

「あー」「わーん」「きゃーー」「うぉー」

俺 「いつも大げさに騒ぐから入れたのか入れられたのかわかりませんね」

先生「...」

試合終了。イタリアは 1 対 2 で敗れた。

開催国日本でワールドカップの盛り上がりを見られないのは残念かとも思ったが、ヨーロッパの熱狂を肌で感じられるのはうれしい。そして、学会には各国から人が来ている。ヨーロッパ、日本、アメリカなどサッカーの盛んな国(アメリカでもサッカーが認知されつつある)が多く、それぞれ自国への思い入れがある。参加者の最高齢は 8x 歳のウルグアイ人の大御所だが、今後の研究とウルグアイ対フランス戦どちらが大切かは、彼の目の輝きが語っている。

ところで、学会はポンペイ遺跡への半日ツアーを組んだ。ほかの研究者と話す機会でもある。ワールドカップは世界の話題。研究ネタや女ネタ(?)よりよほどよい潤滑材だ。サッカーを世界平和に生かす活動をしてる人もいることだろう。

俺 「日本では盛り上がってます。あなたの国は出場してますか?」

相手「チュニジア。日本と同じ組」

世界平和は難しい。

学会の後に、他の遺跡も訪れた。というよりローマやフィレンツェは街自体が巨大な遺跡だ。齢 2000 を超える建造物やあちこちに残っていて、新しい建設も街並みを保つように行われる。石造りの外観は残して中だけ改装とか、建物の高さ規制とか。博物館に入場制限がかかるほどの混雑と車の多さにはうんざりだが、それを補ってあまりある歴史と美しさがある。日本にも素敵な歴史があるが、イタリアは民衆が歴史を大切にするところが違う。

それにしても、イタリア人はよく食べる。街中でも昼食と夜食のでかさは学会のときと変わりがない。しかも間食が激しい。昼は暑いせいもあって、みんながみんな甘〜いアイスをペロペロなめながら歩く。ちなみに、ジェラートはここではアイス一般を指すらしく、日本のジェラートほどの粘り気はない。あれはイタリアの特定の地域のものだろう。老若男女問わずプディングやケーキも大好き。胸ボン、腰ボンの女性には、15 年後に腹ボンがもれなくついてくる。お肌のまがり角は 20 歳、そして新陳代謝のまがり角は 30 歳。

もう食いっぷりは見飽きた。観光観光。ローマの中には世界一小さい国家、バチカン市国がある。日本の「市」より格段小さく、「ローマ市バチカン町国」くらいだ。国の大半はローマ法王の根城、サン・ピエトロ寺院が占めている。これはでかい。キリスト教怖るべし。イタリア人はやはりサッカーが好きだ。その大教会の前では子どものミニサッカー大会をやっている。小さいコートを走り回る子どもたちに外から眺める親や観光客。そんな日曜日のひととき。

かの有名なコロッセオ(コロシアム)に向かう途中。何やら物々しく軍人が建物を守っている。白馬にまたがってるのもいるぞ。来賓?交通規制もかかるが、徒歩だから無視。腹が減ってるんだ!カフェで遅い朝食。そこらじゅうのカフェは軍人で占められていておぞましや。おーいまだ 10 時だぞ、勤務中だろ。イタリア人はよく食べる。勲章のつらなる軍服を着た彼らが馬をつないでまで食べたもの。それはアイス(=ジェラート)だった。みんなでペロペロペロ。

そんなイタリアは、経済力では次の訪問国デンマーク・イギリスにかなり劣る。でも、食では両国を寄せつけない。

洗練された福祉国家デンマークは全てに無駄がない。国家の成熟と人の少なさからくる余裕と平和。そして、世界に誇るエロティカ博物館がある。興味はなかったが、ガイドブックにまで紹介されてるので行ってやった。すごすぎる...そんなデンマークはドイツと同じくじゃがいもとビールの国だ。インドレストランで、ご飯やナンの代わりにじゃがいもメインに出すのはやめてくれ。

イギリスは歴史と発展がマッチした大国だが、アメリカと同じくオリジナルの食文化が乏しい。名物フィッシュ&チップスなんて、ケンタッキーと一緒だよ。しかも高い。仕事先の人に聞いてみた。

俺 「ケンブリッジでうまい飯って何?」

メキシコ人院生「インドもの」

俺 「(地図を見せて)この辺でいい夕食勧めてよ?イギリスっぽいもので」

ドイツ人研究者「ここのインドか、ここの中華か、ここのイタリアン。あ、ここのうどんもいいよ」

俺 「...」

イギリス人 食へのプライド ないらしい

食、サッカー、歴史、オーバーアクション。そんなイタリアはみんなの期待を上回ってくれる。

2002年5月31日

研究職って何?

私は大学院生。「仕事は?」と聞かれると「研究」と答える。給料もらってるので嘘ではないが、「研究」と聞いてイメージわくのは同業者だけだ。専門的なことはさておき、大学院生を含む研究者の生態をみてみよう。

(1) 研究者とは?

研究者は大学、政府系・シンクタンク系・企業系研究所などに生息している。ここでの「研究」は「基礎研究」と呼ばれるもので、企業の「商品開発、開発研究」(例:新しいプリンタの開発)とは異なる。もちろん「開発」も重要な分野だし、「病気の解明」や「燃やせるプラスチックの合成」などの社会・産業性のある開発研究をしてる大学もある。「基礎」というからにはすぐにお金や社会の利益に結びつかないことが多いかというと、、、その通り。すぐに利益が出ず企業は無視してしまうけど長期的に育てていくと大きな成果が出るかもしれない、そんな基礎分野を扱うのは大学の方が都合がいい。

私は「脳の数学的研究」をしてる。脳科学は、脳の病気を治すには?記憶力をよくするには?人間のような思考をできるロボットを作るには?などの答を探す学問である。医者や生物学者では?と思うかもしれないが、彼らの出した実験データを理論づける人も必要で、そういう理論系では数学・物理出身にも長がある。例えば、ニュースが人間の遺伝子が全て解読されたことを報じたけど、実際の解読データは A, G, C, T の 4 つの記号がとてつもなく長く並んだもの。「じゃあ、ここのAをCに換えるとどうなるの?」、「ガンを治すにはどの記号をどういじればいいの?」などの問に答えるにはまだ長い道のりがある。「数学的」というのは、その記号列をもらったうえで、規則性を見つけて利用するということである。

(2) 地位と役目

大学院生はみなさんのまわりにもいるかもしれない。学部 4 年間のあとの修士 2 年間、もっと究めたい人はさらに博士課程を3年やる。学校や専門によるが、院生は授業はあまりなくて、雑用や「研究生活」(後述)をしている。そして、学内、国内、国外での研究発表の機会もある。文系や理系の実験系の院生は、下級生の面倒をみたり、先生の雑用や研究の手伝い(先生のやりたい実験を代わりにやるなど)、研究室のコンピューターの管理などのこまごましたことに時間をとられることが多く、極端な場合は自分の研究の時間すらない。もちろん、雑務や手伝いから学ぶことはあるだろうけど。自分の場合、研究室が放任で雑務もほとんどないが、それは稀。

雑務にはふつう給料が出ない。アメリカだと院生が学部生に補習授業をしたり先生の研究を手伝ったりすることは明文化されていて、給料をもらえる。だからこそアメリカの大学院生は経済的に自立できる。日本では、国の研究員になる、副業、バイト、結婚(相手に養ってもらう)、奨学金、親すねかじり、などが選択肢。

修士卒で就職するなら、一般企業に行くか、理系ならメーカーどの開発チームなどに入ることがほとんど。専門と関係ない職につく人も多いが、もし研究生活で問題提起→解決方法の模索→解決実行→報告、の流れを体得できてるならそれは大きな武器だ。博士卒は研究を生業とするので、上に書いたような大学・研究所などへの就職を狙う。大学で働くには一番下っぱの「助手」を狙う。助手は先生の手伝い、学生の研究指導、授業など研究室や学科の運営に関わる仕事をしながら研究をする。雑用が多いが、大学が給料を払って雇うある意味あこがれの職である。

助手になっても業績アップは求められている。研究結果が研究と無関係の年輪が出てくると、公募やコネで助教授、教授になっていく人が多い。企業や政府プロジェクトなどとの人材の行き来もあってある程度は多様である。教授・助教授は大学に縁がある人なら知ってるだろう。彼らは授業などを通じて教育に携わる傍ら研究をしている。ヴェールに包まれたところが多くよくわからんが、、

(3) 日常生活と仕事

多くの人は放っとくと朝が遅くなる。午前中。人口 12 人の研究室にやってくると誰もいない。このような放任型研究室は自分のような理論系(理系だけど、実験しない人)や文系に多く、研究計画も時間配分も自分で決めて、結果が出なかったら、1 年卒業延長などの形で自分にはね返ってくる。ただ、実際には夜型なのはさておいても遊び呆けてる人が多い。個人的には 20 代中盤にもなって大学を隠れみのに親の金でモラトリアムしてる人たちは好きじゃない。

その一方、実験系の人は動物や薬品のわがままにあわせて、場合によっては朝も夜も持久戦を繰り広げている。そういう意味では、実験系には社会人なみの時間の束縛があり、仕事の割りあてや上下関係もしっかり定められている研究室が多い。ただ、研究成果や責任感はあくまで個人次第。

研究成果を出してこそ卒業や研究職を手にできる。成果とは、文系ならフィールドワークからの知見、実験系なら斬新な実験結果、理論系なら数式やコンピュター計算による知見など。成果は論文の形にまとめられ、世(学術業界)に公表される。フィールドワークや実験系では 1 つのプロジェクトに半年や 1 年かかるのがざらなのでそうやすやすと論文を書けない。我々理論家は手も体も動かさず口先で勝負してるだけなので、他人の実験データ・他人の論文・コンピューター・数学・物理などを利用して良い論文をいくつ書けるかが鍵である。1 つの論文作成には 3 段階あって、研究のサイクルとなっている。

(1) 関連分野の勉強。「フラクタル理論を用いた株価予測をしたい」と狭めにターゲットをしぼっても、その研究をしてる人は世界のどこかに必ずいる。まずは、彼らの論文や教科書を読んだり話を聞いたりして、その業界の状況をつかむ。企業の新商品開発でもマーケットリサーチが大きな指針になるはずである。これを怠ると「自分が半年捧げてきたことは、実は 5 年前に解かれていた」と判明して、時間を無駄にすることになる。前にやった人がいるなら、それを超えないといけない。

(2) 自分の結果作り。実験系なら自分の仮説(材料 A と材料 B を合成したら C ができる)が正しいかどうか実験で試す。理論系なら数学・物理・コンピューターなどを駆使して同様のことをする。どんなにやっても良い結果が出ないなら、多分アイディアがいけてないからなので (1) に戻る。

(3) 結果がたまってきたら論文を書く。論文は研究者の第 1 の業績であり、世に公表される。色々な人の論文を集めた論文誌(月刊誌が多い)が業界ごとに、レベルごとにたくさんあって、自分の論文を他の研究者が見るというわけである。一般人も興味があれば大学の図書館などで読める(URL)。論文は色んな人が読むので、わかりやすくシンプルでしかも精確でなければならない。みなさんも経験あると思うが、自分の考えを筋道立てて表すことは書きでもしゃべりでも難しい。新聞記者の文章力は、才能だけでなく長い社内教育で磨かれるという。研究者は記者と違って物書きのプロではないので、自分で推敲したり先生や同僚にチェックしてもらったりしながら徐々に論文ができあがっていく。書いていくうちに誤りを発見して (2) に戻って再実験・再計算したり、内容の補充が入ったりする。こうしてできた論文は論文誌に投稿されるが、OK が出るかどうかは審査次第。自分の論文の質と出した論文誌のグレードと審査員の判断で決まる。もちろんグレードに高い論文誌に通った方が評価は大きい。こうして 1 つの論文が終わったら、また新しいネタを求めて (1) に戻る。もちろん 1 つのネタでたくさんアイディアが出て (2) と (3) の繰り返しだけでたくさん論文を書くこともある。

(4) 出張

研究者は出張する。学会発表か、他の大学などに短期・長期滞在して現地の人と共同研究・話し合いのためが多い。

学会発表というと仰々しいが、出番は 15〜30 分。500 人参加してるとしても、いくつもの部屋で同時進行してるので、聴衆は 30 人とかのことも多い。発表後に 5 分くらい質問タイムがある。「質問タイムが重要」ともいうが、発表を聞けば相手のレベルがわかるので、良い発表には質問が飛び交い、悪い発表には質問すら出なくてあまりに寒いのでそのときは司会者が義理で 1 つだけ質問をする。その辺シビア。

もっとも、学会では他の研究者との顔あわせや情報交換が大切。さらには、遊びメインの場合もあって、腐り方は激しい。学会に行くためには事前にプチ論文を出すが、よい学会だと競争も激しいので審査の結果良いものだけ通る。へぼい学会はフリーパス。希望さえすれば参加できる。ダメ学会ではダメ発表がずらずら並び、そういう学会に限って豪勢である。ビーチリゾートの超高級ホテルに滞在、ホテル内電車がある、食事が毎日高級中華、サーカスショー・イルカショーつきなど。リゾートホテルでやると、でかいカメラ(理系なのでデジカメか一眼レフ)を持って学会のネームカードと学会カバン(ださい)を持ったおじさん(理系だから)が 3, 4 人でうろうろしている。自分的には男だけのビーチリゾートって、、、微妙。だけど、公務員の友達から「それを楽しみに毎日がんばってるんだよ」と言われ、楽しみは人それぞれだと思うのでした。

(5) そんな人生

こんな研究生活は病的と思えば病的だし、楽しいと思えば楽しい。周りの環境に嫌気がさすこともあるけど、自分はこの選択に満足にしている。なぜって、自分の時間を自分で決めて使えるから。そして、自分の力で自分の夢に挑戦できる職業だから。それってラブラブに次ぐ幸せ?

2001年8月31日

南米、光と陰

6月30日〜7月13日

ペルー遺跡発掘 (with Earthwatch)

7月15日

2 日間のリマ観光を経て、クスコへ...のはずだったが、そこはペルー。Overbooking で俺を含む 25 人が翌日の便に回される。高いチケット買っといたのに。Lan Peru は待たせる・状況を説明しない・謝罪しない・補償しない、という最悪の対応だったのに、Peru で最も良い航空会社という。

とにかく、リマ延泊。安宿に詰めこまれると思ってたら、星の絵が 5 つ描いてある。俗に言う 5 つ星デビュー? Lan Peru よ、25 人も 5 つ星に泊めたら損失出すぞ。することないので、ホテルのカジノで博打デビューを飾ってみる。アメリカに 1 年住んでいながら、ラスベガス以外でデビューとは。さらに暇なのでバスタブに湯をはって入ってみる。ぬるい。でも、シャワー生活だったたから、今年初の風呂桶♪

ペルーの首都リマ。人口 700 万。ひたすらでかい。車が人がせわしく行き来。2 車線に 3 台並んで走ってしまうし、タクシーの値段が同じ距離でも運転手によって 3 倍くらい違うので、細かいことはあまり気にしない方がいい。ATMは金をおろすために 1 時間待たされるので、あまり急がない方がいい。

7月16日

7 時ホテル発と言われてたのて 6 時起きしたのに、1 時間半遅れ。10 時 45 分離陸のはずなのに、3 時間遅れ。謝罪や、早くしようという努力はない。俺的には、時間は重要な財産。でも、この国では、金のやりとりは重要だけど、他人の時間を尊重するという概念がないと見える。

とにかくインカ帝国の首都クスコへ。街並は茶色に統一されててきれい。1 週間スペイン語を勉強すべく、学校とホストファミリーを紹介される。どこかの航空会社やタクシーの運転手と違って、親切で誠意のある人達で安心。

夜、語学学校の飲み会がある。ここで増田は大きなミスを犯した。女の子に...ではない。酒を飲んでしまった。クスコは 3000m 級の高地。到着後数日は飲酒、入浴、運動は禁物。おかげで 4 日間頭痛と闘うことに。

7月19日

夜、劇場でクスコの伝統舞踊を見る。お約束通り 30 分遅れで開演。舞台には黄金の Inca の紋章が飾られてて圧倒的な歴史を感じる。

7 組のペアが、素敵な伝統衣裳をまとって踊りを披露....これが全く揃ってない。中にはうまい踊り手もいるし、1 つ 1 つの動きに宗教・儀式的な意味があって深いんだろうけど、統一性や秩序が全くない。

「統一性」や「秩序」は、日本を含む一部の地域での美徳だ。揃ってないからきれいに感じないのは、観客の中で多分俺 1 人。初心者が混じってて隣の踊り手を下手真似してるからといって、「用意しようよー」と思ってるのも、あるいは俺 1 人。無料でこういうショーが開放されてるのを尊重し、伝統を堪能するというのが良い見方かもしれない。

日本のシンクロスイミングが強い理由がわかる気がする。シンクロは、泳ぐという側面の他に、集団プレイ・統一性が重要。各人が適度に抑えて周りを慎重に見ながら個人の持ち場を果たして初めて結果が出てくる、そんな競技かと思う。日本人って、ラテンアメリカ人よりはもちろん、アメリカみたいな個人が素晴しい力を発揮する国々よりも、そういうの得意かも?日本は、個性の沈没とか言われるけど、組織の仕事で・集団美を探究するために、集団プレイが必要になる時は多々ある。現にシンクロスイムは世界的に評価されてる競技だし。

7月21日

1 泊 2 日で秘境マチュピチュへ。帝国時代に使われてた「インカの道」が開放されてて、トレッキング可。参加したツアーは 12 人で 8 ヶ国という超多国籍グループ。みんな長旅行してて、色々な話が聞ける。テント泊の末、マチュピチュに到着。山・崖・緑・遺跡。不思議で綺麗な組み合わせの中にインカの技術と文化が凝縮されてる。

帰りの電車待ち 4 時間。ツアーだからか、南米だからか。たくさんの土産屋や観光客向けの商売が、道に線路に立ち並ぶ。子どもの靴磨き・物乞い・全く同じ商品の土産屋が10軒横並び。クスコは美しいし、物もだいたい揃うちゃんとした街だ。でも観光業の繁栄の裏に、観光しか職がないという陰がある。語学学校の先生曰く、たくさんの若者・子どもが酷使されてる。別に強制労働されられるのではなく、したい事をする権利は保証されてる。でも、生きていくために若いうちから低い給料で重労働せざるを得ない。子どもがうつろな目で物を売り、若者ポーターが重い荷物を背負ってインカの道を走る。死んでく者も多い。

クスコ唯一の公立大学には毎年 400 人の枠に 7000 人が応募。枠の大小はともかく、日本なら受験に失敗しても浪人できる。でも、ペルーの一般家庭にそんな金はない。人生の分かれ道。甘ったれてない分たくましいけど、朝から夜まであまり売れない物を売り歩いてて、苦しそうに見えることもある。

7月23日

クスコから夜行バスでボリビアへ。ボリビアは

交通のストライキが続いてて、バスが走ってないとか、

タクシーの運転手(個人営業)と乗客が半暴徒化したバスの運ちゃんに車を止められてリンチされてるとか、

国境が閉鎖されてて、チリ経由でないと入れないとか、

交通ストライキが航空会社にも及んでて、日本に帰れないとか、

色々な噂を聞いたが、引き返してもつまらない。突進!

ボリビアとは関係ない所で事件は起こった。

転倒!転倒!...ではなくて、盗っ人だ!イラン人の女の子の旅行者が貴重品をすられる。彼女はずっと起きてて膝下に鞄を置いといたのに!彼女は乗客全員の身体・荷物検査を強く要求。彼女は悪くないんだけど、俺も乗客も犯人も含め「イヤだなー」という雰囲気が漂う。たまたま警察の交通チェックが入ったので、引き返して地元の派出所へ。彼女の席は後部。後ろ半分だけバスから放り出されて検査。彼女の一列だけ前に座ってた俺ももちろん。

雪積もってるんすけど。氷点下 2 度。

常春 San Diego に住んでたのでコート持ってないんすけど。

ペルーって暖房ない国なんすけど。

彼女は俺らの検査の間に、強気にもバス後部のみんなの私物をあさって、ついに自分のパスポートと航空券を発見!後部座席 25 番。犯人判明。しかし、彼女の金は見つからない。彼女は、警官と犯人がつるんで金だけ隠してるのかと疑って引かない。しかし、あと 4 時間で月曜の夜明け。ついに、乗客のほとんどと運転手が降りてきて警官に出発を要求。


「俺たちも明日仕事・学校があるんだい。ペルー人が被害者だったらそんなにちゃんと調べてくれねーんだろ。不公平だ。ぶーぶー。」


お、鋭い。ペルー人ははっきりいって他人に気を遣える人が少ない種族だけど、集団に埋没せずに自分の権利を主張するたくましさは持ってます。ペルー人の若者の乗客は年が近いからか、彼女に同情してか、彼女を弁護。どちらにしても、答のない問題。

結局山の中の派出所に 2 時間滞在後、犯人だけ拘留して出発。寒いっつーの。その後、若者たちは、彼女のためにカンパを募る。カトリックはすごい!あれだけ不満を言ってた乗客のほとんどがカンパに協力。その一方、彼女はお礼も言わず...

俺はたまたま膝の上に手荷物を抱いてた(寒さしのぎ)けど、油断してたら俺が被害者だったかも。

7月24日

ボリビアに突入。チチカカ湖に映える夕焼けと朝焼けがきれいな Copacabana 泊。静か・ゆっくり。時間が止まったような街。ホテルを探索する気力がなかったので、バス停から一番近い眺望の良さげなホテルへ。


個室。お湯シャワー(南米では当然ではない)付き。観光地だし、2000 円までよしとしよう。

「いくら?」
「30 Bolivianos = 550 円]

物価がくそ安い!ペルーもかなり安い国だけど、ボリビアは更に半額。チチカカ湖半日ツアー 270 円、1 日ツアー 360 円

7月25日

ボリビアの首都ラパスへ。バスは 4 時間乗って 250 円。いいのかあ。石が散乱してて非舗装並みの舗装路を 1 時間走った後、チチカカ湖に行き着いた。橋がない!乗客全員、降ろされて、船で海峡(湖峡?)を渡る。5 分後。う、バスが泳いでる....更に 5 分後。目を凝らして見ると、バスはバスよりほんの少し大きい木ボート(ほとんど木の板)に乗って移動してる。よく浮いてられるな。

バスは池の上も走った。今度は船なしで!タイヤ水につかってるんすけど。とにかく着いたは標高世界一の首都ラパス。ラパスは、更に高い 4000m 級の丘(山ではない!)に囲まれている。

もちろん、首都だから通りも活気ついてるけど、貧乏さをつぶさに実感。乞食、ぼろい建物、物価の安さ、釣銭不足、靴磨き、体重測り屋、単品の菓子屋・ハンガー屋・ペン屋・ポップコーン屋...

ボリビアは、ゆったりした国だ。海がないので貿易には不利であり、山が多いので国内交通が悪いから?ともかく、ラテンの典型にはずれず昼は店を閉じ、広場では平日の昼間から大勢がリラックスしてる。博物館も良い陳列物を持ってるのに、説明資料がスペイン語ですらほとんどない。観光資源を整備して、観光で金を稼ごうという意識が弱い。仕事も工夫を欠く。同じ露店が過剰に立ち並び、全てにおいて待たせる。

もちろん、物質的満足がなくても、楽しんでやってればいい。実際彼らは穏やかで、基本的にはフレンドリーで、細かいことを気にしない気楽さもある。しかし、ボリビアは貧乏にあえいでる。スペイン人が余裕の上に楽しんでるのとわけが違う!リッチな層はいるし、しっかり生活を立ててる人もたくさんいる(特に旅行中出会った人達)けど、平均的には怠惰で敬虔なカトリックで、その結果、国全体としても仕事が少なく、働きたくても仕事がない、という悪循環にはまってる。向上心・競争心・努力・我慢などは多くの人にとって美徳ではない。

ペルー・ボリビアにはインカ文明があって、16 世紀までには繁栄を誇ってた。でも、スペイン侵略以降、独立以降も未だ貧乏さを克服できず、貧乏に伴う余裕のなさ(他人の気持ち考えないとか)がある。

日本ってすごい。明治開国以降、欧米に侵略されて貧乏植民地になってしまったかもしれないのに、独立を守ってきて、現在は小ささにも関わらず世界に誇る経済力・技術力を持つ。16 世紀には国力も大差なかったはずなのに何がこの明暗を分けたんだろう?

「勤勉さ」と「丁寧さ」。日本は欧米より人生楽しむのが下手だとか、他人に冷たいとか、内輪でかたまるとか、エコノミックアニマルとか言われる。しかし、19 世紀は列強を真面目に真似ようと頑張ったり、戦後の貧乏からはい上がるために、たくさん勉強・仕事した。そして、他人に気を遣うという美徳がある国なので、各人が自己主張しすぎず、会社・国の集団として効率良く発展できた。

最近の日本では、経済的な成功は、個人の内面の満足に比べて表面的だ、もっと個人を大切にしよう、というムードが垣間見える。でも、金は表面的ではない!心の余裕を持つにはある程度の経済力が必要。それに、経済発展の結果、世界の色んな国が日本に注目してる。たくさんの人が日本語を勉強してる。アジアの多くの国が日本を見習おうとしてる。1 つの「成功体」を生み出した日本文化が勉強される。大多数の国民が衣食住プラスしたい事がある程度できる経済力を持ってる。世界でトップレベルに安全。日本のパスポートは信用されて、世界の多くの国にビザなしで入れる。多少コミュニケーションに難があっても、他に長所があるんだからいい。

7月28日

自転車ツアーに参加。標高 4000m まで登って 1500m まで自転車でかけおりる壮大さ。自転車には慣れてるはずだった。


走行開始。

10 分後、気温が 10 度未満。走ってるとさらに寒い。

20 分後、降雨観測。

30 分後、泥道に突入。

40 分後、登り道に突入。

50 分後、雨が嵐を伴って、風に吹かれる

60 分後、よく見るとガケ道を走ってる。ガードなんて甘えはない。

よくみたら、10 人中 6 人がすでにリタイア。負けられねえ。でも、昼には体が凍りきってて、午後は走れなかった。屈辱。リタイアしたみんなが、午後は寒雨の中走りだす。車の中から応援。く、、、、

7月31日

5 本のフライトを経て、1 年ぶりに日本着。トイレが正常に作動することにすら感動。やっぱ日本だよ。

南米と日米欧の一番の違いは、時間の概念だ。風景・ラテン・アンデスに興味があって、さらに時間に頓着のない人、日本と全く違う価値観を見たい人、そんな人におススメだ。できれば 2 人以上で。