2018年10月1日

大連:大学編

大連理工大学。
略して大工と呼ばれる。「だいく」ではない。和訳するなら「だいこう」でしょう。
理工大学という名前だが、人文系もある総合大学だ。

イギリスにはラッセル・グループと呼ばれる、24大学から成るトップグループがある。
ラッセル・グループの多くの大学は、世界の大学ランキングの上位を賑わしている。

中国には985工程と呼ばれる、39大学から成るトップグループがある。
昨今では、北京大学と清華大学という最上位2校が、世界の大学ランキングで上位にいる。東大より上位で出ることがかなり多い。
ただ、「大工」を含め、多くの985工程の大学は、世界的にはその2校やラッセル・グループ校からは遠いと言って差し支えない。

ところが、学生はよくできる。
物差しによるが、理数系なら理数の基礎力を見ることにすれば、985大学の学部生は、ラッセル・グループの学部生よりは比べ物にならないほどできるように思う。
コミュニケーションや創造力などの物差しも重要だが、私に大学院生をリクルートする予算と人脈があるなら、985大学の学生はとても受け入れたい。

985工程の下には、211工程がある。985の大学との重複も合わせて116校の大学が211工程に属する。
「大工」では、学部卒業生で博士課程に行きたい者はアメリカなどに留学してしまう。
このことは、985の大学全般に共通するという。
したがって、例えば大連では、211工程の大学から学生が博士課程に来てくれると良い、とまずは考える。
211の大学から大連の大学院に来た学生も、私が見ている限りかなり優秀だと思う。

さて、「大工」のキャンパスは広い。
目を引くこととして、学内に新しい建物と、おんぼろの建物が同居している。
おんぼろの建物の大多数は、大学とは関係ない一般住民の住居である。
細かいことをあまり気にしない私でも、正直あまり近づきたくないような建物である。大学関係者も実際に近づかない。
大学側としては、その土地を買い取ってしまいたい。
しかし、それがうまくできない。
「政府命令とかにして買い取れないの?」と尋ねたら、
「昔はできたけど、今は、政府もそういう強引はことはしない。」とのこと。
理由は、ソーシャル・メディア。
そんなことをしたら、すぐにたたかれてしまうそうだ。

中国の大学は勤勉だ。
土日に教員も大学院生も働いていることが結構普通である(もちろん、人によるが)。
教員は、土曜にも公式業務が発生することがある(振替の授業など)。
食堂はもちろんのこと、事務的な部署(学内のコピーセンターなど)は週末も営業している。

それぞれの大きめの建物には守衛がいる。その守衛は、日本のコンビニに全く引けをとらない、一日24時間、週7日営業である。
私は、こういう長い出張では、週末も仕事をすることが多い。
そこで、自分のオフィスに土日も入れるかどうかを尋ねた。
私の受入側研究者は、私の質問の意味がすぐに分からなかった。
「当たり前でしょ」との回答。

大学のトイレにはゴミ箱がある。その横にザルがおいてある。ザルの下には、液体を受け取れるようにバケツが置いてある。
どうやら茶葉を捨ててよさそうなので、捨てる。
お茶はたくさんあるし飲むので、一日に何回も捨てに行く。
すると、その茶葉ザルがものすごい頻度で清掃されているのである。
日曜日でも、数時間後にトイレに行くと、私や他の人が捨てた茶葉が必ず片付けられている。

日本の感覚だとそこまで驚きではないかもしれない。
ただ、イギリスに来て4年経つ私には、驚きの連続だった。

留学生は、分母の数が分からないので客観的なことは言えないが、私が予想していたよりも多く見た。
北京や上海にある大学ならいざ知らず、大連まで留学生は来ないだろうと正直思っていた。
「大工」にはアフリカの国から結構来ているという。
中国政府が、留学費用を相手政府に拠出している。
学部生もいるが、主には大学院生である。
西洋人とおぼしき学生も、ちらほら見た。

食堂は安く、朝は100円、昼は200〜300円で十分に食べることができる。
大学からの資金補助が入っている。
物価やGDPを差し引いても安めである。地元の教員がそう言っているので。
我がブリストル大学には、味はさておき3ポンド(1ポンド=約150円。ただし、この換算レートはEU離脱決定後のもので、それ以前はもっとポンド高であることが多かった)で食べられる学生食堂が存在した。
しかし、採算が取れなかったのか、つぶれてしまった。
大学が補助してくれないのだろうか。

「大工」で私が使っていた食堂は、学生用と教職員用が階で分かれている。
教職員用は、昼はビュッフェでおいしい(ポスドクは15元、教員は20元。1元=約16円)。
水曜日は、近隣の小学校が午前中で終わる。したがって、昼の教職員用食堂は、子連れの教職員でごった返す。
食堂が主催して、教職員の子ども向けの楽しそうなイベントを開催していたりもする。
清掃や守衛の職員も、正規職員なので、食堂で食べる権利や、そういっや子どもイベントへの参加権利を持つ。

話題変わって、9月は新学期。
この時期に新入生を他の学年と見分けることは、容易である。
入学してすぐに軍事教練があるからである。
一週間程度行う。
具体的なスキルを身につけることは期待していなくて、「軍の訓練とはこういうものだ」ということを体験させるのが目的とのこと。
日曜日に大学界隈の商店街を歩いていると、新入生は目立つ。
軍服を着ているからである。
教練中は、外出時も軍服の着用が義務化されているらしい。
18〜20歳程度なので、あどけなさが残る。
この軍事教練は性別を問わず必修だ。
軍服を厳密に着た、ティーンエイジャーであろう女子学生が、携帯電話でテレビを見ながら、ミルクティー屋でお茶をしている。

中国の大学一般に当てはまることとして、中国では、ポスドクから、いきなり教授になりうる。
助教なり准教授なりをすっ飛ばして、30歳そこそこで教授になりうるのだ。
そういう若き教授は、研究者が応募できる中国の「タイトル」を取っていることが多くて、その場合、給料もとても高い(数字を聞く限り、日本の教授よりもかなり高い)。
実際、私の分野でも、こういう30代の教授が何人もいる。
誰でもなれるのではない。主に海外で良い研究成果を出して、そういう中国のタイトルを競争に勝って獲得するなどして、中国の大学に就職するようだ。

ただ、どの大学でもいきなり教授になれるわけではない。
「いきなり教授」が起こるのは、中国でも超一流というわけではない大学の場合が多い。
そのような大学なら「いきなり教授」になれる力量の人でも、北京大学や清華大学のような一流大学だったら、例えば助教のような職から始めることになるだろう、とのこと。

これは不思議に思った。
なぜなら、研究者たるもの、一流大学に助教で入って、周りのレベルが高い人達と切磋琢磨したり、そこでコネクションを作ったりすることを目指さないのか。そういう一流大学には、お金や特権があって色々有利になることも多いだろう。

これを私の受入研究者と議論すると、一種の安定を優先しているのだろう、との回答だった。
つまり、教授になってしまえば、その後は安泰だ。
ただ、日本の安定志向とは、少しニュアンスが異なるようである。
中国は変化が速い。
ルールも頻繁に変わる。
なので、例えば「10年後に多分清華大学の教授になれる」と約束されるよりも、10年後の約束なんて分からないから、今取れるものを取っておこう、ということのようだ。
「いきなり教授」本人に、今度会うときに聞いてみる予定である。

日本も含めて、他国では「いきなり教授」は、どんなに研究業績が高くてもありえない。
例えば欧米では、教授という人は、研究業績だけで決まるのではないことが多い。競争的研究費を獲得したり、研究室をうまく運営したり、大学の業務に携わったり、研究業界を引っ張ったり、といった総合力で判断される場合が多いだろう。
そういう実績を積み立てるには、少なくとも数年は独立した研究者(大学なら助教や准教授など)として働く必要があるだろう。
だから、「いきなり教授」は論理的に起こりにくい。

今後、中国の大学がどう発展し、変遷していくのか、興味深い。