2018年3月21日

ピアノのグレード試験

一番上の娘が、7歳の時からピアノを習い始めて2年になる。

私も7歳で習い始めたのは同じだ。
現在のピアノレッスンの事情を知らないのだが、日本(私の子どもの頃の経験)とイギリスのピアノレッスンで大きく違うことの1つが、イギリスのピアノ試験だ。

娘が受けているのは、ABRSM(英国王立音楽検定)という団体の試験である。
基本的には、グレード1からグレード8までの試験があり、自由に受けられる。
数字が大きいほど難しい。
グレード1から順番に受ける必要はない。
ピアノ以外の科目もある。
他にも Trinity College London などいくつかの団体がピアノ試験を運営している。
消費者としては非常に紛らわしい。
1つに統一してくれ!

日本でも、ABRSM の試験は行われている。
ただ、英語(+通訳)であることもあり、あまり有名ではないように見受ける。
ヤマハグレードの方が有名だろうか。

イギリスの資格社会(これは、私は比較的好きである。分かりやすいから)を反映していると感じる。
イギリスの大学の入学願書では、受験生は、どんな資格 (qualification) をとったか、を表にする。
私の大学だと、基本的には理数系の学業で入学してくるので、この数学の統一試験の成績が A でした、物理は B でした、といったことが表にされている。
"A レベル"、"GCSE" といった試験制度のことである。

その中に、ABRSM の試験を通ったことを記載してくる学生がたまにいる。
グレード6程度以上だと書くことがあるようだ。
私の学科は、ピアノの成績で合否判定するわけではないのは明らかだが、この資格を持っています、というのは分かりやすく、その人の名刺の一部である。

こういう色々な背景と、信頼している先生の後押しの元、娘はグレード試験を受けた。

去年はグレード1、今年はグレード3である。

娘にとっては、モチベーションを高めるのには良い制度だ。
この点は、年齢、国を問わず同じだろう。
実際、グレードの特訓を 2〜3 ヶ月位行ったことによって、娘のレベルは目に見えて向上した。
ただし、結局尻を叩いて教えなければいけない親としては、はっきりいって苦痛が多い。
直前の時期は、頭の中がこればかりになるし、怒る材料が増えること自体にいらつく。

内容で驚くことは、すごく理論的であること。
「音大でも受験するのかいな」と思うほど。
グレード3でも、理論面がかなり難しい。
そもそも、10年以上ピアノを弾いてた(今も弾いてる)私が知らないことがたくさんある。
その時点で驚愕だ。
自分のピアノ知識にうぬぼれているわけではない。
ピアノの腕前は問わぬこととしても、楽譜を読む類のことについては、ひととおりはマスターしているものだと思っていた。
ピアノを5年10年やった人は、多くがそうじゃないだろうか。
ところが、自分のピアノ知識はグレード3よりも浅いことが判明した。
今回、娘と一緒にグレード3までの理論部分を勉強したが、知らないことがたくさん。細かいけど、例えば

  • 3/4 拍子と 6/8 拍子の違い。
  • 例えばハ短調といっても2つあること。2種類目のハ短調では、上りと下りで使う音が違う。
  • 長調を短調に変えるときの仕組み。例えば、どの短調の音階でも、2番目の音と3番目の音の間には鍵盤がない。例えばハ短調だったら、レ(2番目の音)の次にミ♭(3番目の音)なので、間に鍵盤がない。イ短調だったらシ(2番目の音)の次にド(3番目の音)なので、間に鍵盤がない(シとドの間には黒鍵がないから)。どの音階の短調もそうなっている。なるほど!
  • バロックと古典の違い。
  • 楽譜に書いてある、色々な記号の意味。多くの記号は知っていたが、知らないまま素通りしていた記号も多い。言い訳をすれば昔はネットがなかったので、調べるのも大変だった(少なくとも我が家には調べる術がなかった)。それに、基本的に全部イタリア語なんだね。
この中にはマニアックな(?)知識もある。
でも、例えば 3/4 拍子と 6/8 拍子の違いは、楽譜の理解の深さやピアノの弾き方に確実に影響する。熟練のピアニストでなくても、である。知らなかったよー。

自分が子どもの頃に、こういったこととか、あるいは個々の音楽家について少しでも習うチャンスがあったら良かったのに、とは思う。
こういう知識が少しでもあると、楽譜の見方が変わり、音楽への接し方も変わる(子どもはどうだか分からないが)。
イギリスでは、グレード試験を絡ませながら、こういう理論や情緒も含めて総合的にピアノや音楽の力を伸ばす、と見える。
また、一般的に言って、グレード試験の合格実績はピアノの先生自体の実績にもなると思われる。
大学教員が「出した博士号の人数」を履歴書に書く(しばしば書かされる)のと同じである。
実際、先生の教え方と、生徒の質(ピアノの素質のことではなく、親も含めて、こういう練習をこなせるタイプかどうか。皆が平均的日本人のようにマメなわけじゃないので)がうまく絡まないと、受験までたどりつけません。
もちろん、先生次第ではあり、グレード試験をやらないイギリスの先生もいるだろう。

横道。

「イ短調」に「ハ短調」。日本のこれには参る。イロハニホヘトに基づく。なぜここで和風に?
そして「ドレミファソラシド」。これはイタリア語。
日本では、音を指すのにはイタリア語を使い、音階を指すのにはイロハ順を使う。
「その音はミでしょう!」というのを「その音はホでしょう!」という人はいないし、「ハ長調」のことを「ド長調」とは言わない。
自分はこのことに慣れてしまってるから今まで何とも思ってなかったが、英語、あるいは国際的な音楽教育の文脈に入らされると、至極不便を強いられる。
ここはイギリス国。全ては英語。というか、多分世界標準(日本の音大も)では、ラをA、シをB、ドをC、... と呼ぶ。
娘は A, B, C で習っている。
一方、自分はドレミで子どもの頃に習ったものが体にしみついてしまっているので、教えるのに支障がある。
娘が音を間違えても、ドレミからABCに瞬速では翻訳できないのだ。
同様に、自分が「イ長調」と思ったものを「A major」(A = ラの音 = イロハではイの音、major = 長調) という単語に翻訳するのにも、頭の中で考える時間が必要で、秒差が生じる。
教えてる現場では、娘が間違えた瞬間に指摘したい場合がほとんどだから、この秒差はいらだたしい。

さらには、日本語の楽譜語彙は、数学語彙と同様にマニアックである。

「嬰ハ長調」

「嬰」なんて漢字、他で使ったことないぞ。
いや、待てよ。
「嬰児」という単語は知ってるぞ。
念のため意味を調べてみると、赤ちゃんのことである。
嬰ハ長調と言われると、ピアノを長くやってる人は、何のことだかぱっと分かる。英語だと "C# major" (C シャープ・メイジャー)。「嬰」はシャープの意味なので、日本語の呼び方も論理的ではあるのだが、世界対応ではない。
赤ちゃんはシャープ?
全部 A, B, C で教えることはできないのかねえ。

ABRSM のピアノ試験の科目は4つ。

課題曲(3曲)、スケール、初見演奏、聴音課題。

スケールとは、大雑把に言えば「ドレミファソラシドシラソファミレド」や、それに♯や♭とかがついたようなものを暗譜で弾くこと。
練習しておけば楽な科目だ。

4つの試験科目の中で、「初見演奏」がダントツで難しい。
今まで見たことのない両手の4〜8小節程度の楽譜(グレード1は片手)が、30秒だけ見せられる。
そうしたら、いきなり弾かなければならない。
難易度は、楽譜の難易度に依るわけだが、グレード1、3 とも、課題曲やスケールの難易度から想像するよりはかなり難しい。
したがって、ひたすら特訓する(問題集は売っている)。
娘に模擬試験をやらせて観察していると、楽譜を見てすぐにリズムが分からない(そりゃ普通の9歳だから、簡単には分からないのもしょうがない)ことと、音符を見てどの鍵であるかを対応させるのが遅いこと、の2点が、30秒で楽譜を読めない原因であると結論される。
なので、iPad のアプリでリズム当て、音当ての特訓。
「リズムくん」と「おんぷちゃん」というアプリにお世話になった。
「リズムちゃん」と「おんぷくん」を練習しなさい、と言って、娘に「ちゃん」と「くん」が逆であることを何度も指摘される。
有料アプリだが、その価値あった(ついでに、娘の日本語の練習も兼ねてるので、あえて日本語のアプリにした)。

自分も受けようかなー。