2024年1月23日

大学教員が考える、子どものアメリカ大学選択

アメリカの大学の学費が高いことは日本でも有名だ。 自分の子どもも後4年で大学なので、少しずつ調べ始めた。 このことを紹介している日本語の記事は多くあるので詳しくは書かない。

さて、アメリカに定住していると、日本同様、まずは私立か州立(アメリカには基本的に国立大学はないので、州立大学で考える)かを考える。自分の州の州立大学には比較的安価で入れる。

我がニューヨーク州は、州立大学の学費が他の多くの州より安い。大雑把に言うと年に1万ドル位である(私の大学だと、今年は10781ドルとのこと)。現在の為替レートでは日本の私立大学並だと思うが、アメリカの年収は大雑把に言って日本の倍位なので(1人当たりのGDPを見てもそうである)、アメリカに住んでいてそこそこいい仕事をしている(私のような大学教員も含む)人から見れば、財布に優しいと感じる。一方、私立大学は大学によるが、トップ校の学費は年に65000ドル位だ。年に1000万円に近い。日本だと、私立の医大の学費に近いだろうか。

日本人や他のアジア人は親が教育熱心なことが多く、子どもが高校でトップ層を占めることが多い。うちの子どもが通う学校は、プリンストンなどのアメリカのトップ(私立)大学に毎年10人20人と卒業生を送り込み、トップ層には中国人、インド人などの家庭が多い。私と同様に、こちらで何らかの仕事を持って定住している人たちである。 そのとき、うちのように、子どもが多いとか、収入がすごい人たち(日本同様、医者、IT企業、医療系企業、金融、弁護士などを想像すれば大体当たっている)には全く太刀打ちできない給与であるとなると、当然州立大学を考える。コロナ後では、高収入の家庭でも、災害やコロナがあったときに子どもの大学が遠すぎると困るから、あるいは物価高からか、州立大学を考慮する人が増えているように見受ける。

州立大学には、簡単かつ大きな問題が1つある。ニューヨーク州では、トップ校のレベルがさほどは高くないのである。トップ校のレベルがさほど高くないからニューヨークの州立大学の学費が安い、という意味ではない。この2つはあまり関係ない。

どの州にレベルの高い州立大学があるかは、知らない人にとっては比較的予測不能だ。学部のランクと大学院のランク(私は、職柄、前者には詳しくない)はしばしばずれているが、レベルの高い州立大学がある州を名指しすると、順不同で、California, Washington, Michigan, Indiana, Illinois, Corolado, Georgia, North Carolina, Texas 位である。人によって意見が多少異なるだろう。ただし、California がこの中でも一番であることには多くの人が同意するだろう。これらの州に私が住んでいたならば、ためらいなく、子どもをその州立大学に入れようとする。私が、これらのレベルの大学で職を取れなかったことの裏返しであるとも言える。

ニューヨークの州立大学は、これらの次の第2グループの州の次、つまり第3グループ位の州であると考える。悪いわけでは全くない。多分、中の上くらいだ。 そして、全米50州のうち15州位は、研究でもその他(例えば、卒業生のX年後の給料などが指標の1つとして様々なウェブサイトに載っている)でもあまり聞かない州立大学のみだったりする。人口が少ない州や、教育に熱心でないとされる州、経済的に厳しめの州などに、そういう傾向が多い。

なので、ニューヨーク州では、とても高いレベルの大学に自分の子どもを入れたい場合、一つの選択肢は、州立大学よりもレベルが高い私立大学は諦めて州立大学に入れることである。州立大学でも、少数の優秀な受験生には、学費減免や寮に無料で入れるとか、お小遣い(!)が出るとかがあるので、そういうのを狙ったりする。

最近知った大事なこととして、トップ私立大学は、こちらが欲しい意味では学費(など)免除の奨学金を提供しない。そんなことをしなくても入りたい人がたくさんいるからだろう。学費免除には2種類ある。親の収入が十分でないから一部(あるいは全部)を免除する型 (need-based と呼ばれる) と、学業・音楽・スポーツ・リーダーシップなどなどに秀でているから収入に関係なく一部(あるいは全部)を免除する型 (merit-based と呼ばれる)である。 トップ私立大学には need 型はあるが、merit 型がない。 need 型の提供額は、基本的に親の収入や財産で決まる。かなり貧困であれば、全額免除となる。しかし、向こうもビジネスである。大抵の人にとっては、need 型を取ったからといって、親(あるいは子ども本人)が払うお金が少なくなってよかったね、というほどには少なくならない。もしそんなに少なくなるなら、みなこぞって子どもを私立大学に入れるはずだ。そんなおいしい話はない。私の収入(や子どもの数)でも、ある程度の need 型奨学金をもらえる。私がもらえる need 型の金額は調べれば分かるが、調べる気はない。多少減免されたとしても、べらぼうに高い額であることには代わりがない、と分かっているからである。

トップでない私立大学では、下の方に行くほど merit 型の奨学金はあるようだ。ただし、あまり調べきれていない。一方で、ニューヨーク州の州立大学(私の勤める Buffalo と Binghamton, Stony Brook の 3 つがトップ校と言える)のレベルに及ばない私立大学ならば、子どもを通わせたい理由がない。また、子どものレベルがニューヨーク州のトップの州立大学に及ばない場合は、州立大学の中でレベルを下げて選べばよい。

結論から言うと私は現時点では州立でよいだろうと思っているのだが、同じレベルだとしても、私立の方が州立よりもケアが手厚い、という反論(!?)が考えられる。 確かにその通りだろう。ただ、高い学費に見合うかどうか。 そこで、大学(学部)の機能について考えてみる。大学に何を求めるか?

  1. 授業の質が良い。
  2. 授業以外で、教員が研究や他のことにより秀でていて、接する機会がある。
  3. 大学院に進学したい場合に、その準備のために有利である。大学院は、専門系(医学部=アメリカでは大学院から始まる、MBA など)と学術系(博士号)に大別できるだろう。
  4. 学部卒の就職に有利。
  5. 本人が優秀な人や親がリソースに富む人(親が富豪、政治家、高度な専門職など)が周りに多く、横のつながり作りが将来に役立つ。

どれも日本でもありそうな話だ。

まず、1 について。アメリカでは、州立大学・私立大学を問わず、教員の授業評価が厳然としている。学生の評価も、日本よりは多分辛口だ。多くの大学が、授業評価の得点を、例えば教員のテニュア(終身在職権)審査でかなり重視する。研究重視とされる大学でさえも、この点数が低いと教員が(具体的には、助教が准教授に上がる段階で)テニュア審査に落ちることがある。落ちるとクビになる。実例をたまに見る。だから、州立が私立トップ校に比べて授業が雑、ということにはならないと思う。

大学院の授業だと、教員の研究力の差が授業の質に反映されることが増えそうだ。大学院2年目以降では、教員の専門分野に近い授業が多くなってくるので、特にそうだ。しかし、学部では基礎を教えるのでそこまで関係ないと考える。基礎科目ではない授業で、教員自身の研究を学部の授業に反映させて魅力的な授業を作ろうとすることはある。しかし、教員本人の研究がトップレベルかそこまでではないかは、その授業が面白いか、教育的であるかどうかにはさほど関係しないと思う。ましてや、他の優秀な先生の研究をネタにして授業を作ってもよい。

それでも、私立トップ校では、良い授業をできる授業専門の人材を高値で雇うことができる(が州立大学はそこまでお金をかけられない)かもしれない。でも、いくつかの授業の質が私立大学Aと州立大学Bで違ったとしても、それが理由でA大学に行ってすごくよかったとか、そのおかげで次のキャリアにつながった、とまでにはなりにくいと考える。

次に、2 について。私の結論としては、学部生だとそんなに関係ないと考える。

研究大学(トップ付近の州立大学を含む)で大学教員が学生に接する機会で、授業の次に多いのが研究だろう。 日本で言うと、卒論やゼミで先生の研究室に入ることである。アメリカだと、学部生の研究(卒論を書くとは限らず、学術会議発表や博士課程の研究手伝いで終わる場合も多く、それでもプラスであると見なされるので、「学部生研究」と呼ぶ)は、学生自身の行動や教員側の受け入れ可否の判断に依存する。日本の理系でよくあるように全員が必修科目としてやる(またはそういう科目がないので誰もやらない)わけではない。レベルと動機が高い学生は、学部生研究をやらせてもらえるべく目当ての教員と話し合う。教員には、(少なくとも私の大学や他の多くの大学では)学部生研究を世話するのは必須でない。しかし、学部生研究の指導は大学への大切な貢献だと見なされることが多いし、研究費を国等に申請するときに少し有利になる可能性がある(そういう実績を書く)ので、受け入れにまんざらでない教員も多い。学生が必修でもない学部生研究を行う理由は、学術的な興味であることもあるし、大学院入学や学部卒就職を有利にする目的のこともあり、多分後者の理由が大きい。ただし、真面目にやらないと教員が良い推薦状を書けないので、手を抜くといった話は聞かない。手を抜いて学部生研究をした人は、指導教員からよい推薦状を書いてもらえないので、私が目にしないだけかもしれない(私は、大学院入試などで、学生の推薦状を読むことが多い)。

トップ大学のトップ教授に師事して研究をして、願わくば良い研究成果を出し、推薦状を書いてもらうなら、確かにトップ私立大学に越したことはないだろう。ただ、親の立場の私としては、その可能性のために4年間で20万ドル(現在の為替で3000万円程度)以上を追加で費やして子どもをニューヨーク州の州立大学でなくトップの私立大学に送りたいか(もちろん、トップの私立大学は入るのがそもそも難しいので、入学許可が出る可能性が高いと思っているわけではない)、というとそこまでではない。なぜなら、目当ての先生が学部生研究を目下受け入れてない、他の優秀な学部生で席が埋まってしまう、などの理由で希望の研究室に入れないかもしれない。また、博士課程学生の研究指導ならまだしも、学部生の研究指導について、そういうトップ校の先生が上手だとは限らない。また州立大学にも、一定割合で研究も指導も素晴らしい先生がいる。学部生研究を州立大学でしたければ、そういう先生を選べばよい。

このとき、トップの州立大学の力量がかなり限られている州に住んでいると、多分難しい。そういう大学には、そういう研究+指導に長けた先生がさすがになかなかいなくなってくる。トップの州立大学がハイレベルな州(上で述べた)に行けば、そういう先生は高い割合で見つかる。ニューヨーク州は中程度と書いたが、私の大学を含む、ニューヨーク州のトップ州立大学3校でも、そういう先生はそれでも十分に多く見つかる。しかし、そうでない州では、州のトップ校でも、先生は研究よりも教育や他のことに重きを置くことが多くなってくるだろう。

さて、ニューヨーク州の州立大学に話を戻すと、適切な教員を見つけるにはコツがいる。あるいは、どの大学のどの学部だと学部生研究が盛んだ、盛んでない、という差がある。ここで、大学教員である私の出番だ。私は理系の中なら、そういう目利きができる。それを子どもに使う。

また、(私は理系しか知らないが)アメリカの学部生の研究経験の多くの割合が、REU というものから来る。これは、少なくともグリーンカードを持っていないと参加できないと思うが、夏休みに、自分の大学や他の大学(特に後者)で研究の経験をすることである。国が公募で研究者に予算を出している。その予算を得ることができた研究者は REU を組織して、夏の間参加したい学部生を募集する。学生の人気は高く、REU に入るのは簡単ではないとされるが、これに入れれば良い。経費は受け入れ側持ちである。REU に入ることも、トップ私立はサポートがあるから有利というのはあるかもしれないが、そこは私の専門。REU の受け入れ側がどういう学生や履歴書を欲しいのかは大体分かるので、やはり子どもに使おう(本人が行きたい場合)。

3の専門職系はよく知らない。学術系の博士課程はよく知っている。いい大学の博士課程に入るために必要なのは、私の意見では、(i) 学部での成績が良い、(ii) 研究経験が何らかの成果つきであるとなお良い、(iii) その他の活動(大学やコミュニティに貢献するような活動。高校生や子ども相手でもいいので先生や家庭教師の経験なども含む)があるとなお良い、くらいだろう。「その他の活動」と言っても、学部入学とは異なり、音楽やらスポーツやらは基本見ない(私は少なくとも見ない)。

ハーバード大学出身でも、この3項目に乏しい履歴書で私の大学の博士課程に応募してきたら、落ちると思う(他の教員がどう評価するのは分からないので、私見に過ぎない。大学や学部の正式見解ではないと断っておく)。大学名が高いと、授業が多分難しいので、成績の数字(いわゆるGPA)はそれを加味した上で評価されるだろう。しかし、それ以上のことはない。大学名に反応することはない。学部で何をやるかによって、逆転は大いに起こる。

(i) は真面目に授業をやればできる。(ii) と (iii) は、上で述べたことも関係して、確かに私立だと有利かもしれない。しかし、自分の見立てだと、州立大学でも十分にできる。トップ私立校の人と遜色ない履歴書にすることは、本人の努力と、多少の情報があればできる。私立トップ校の博士課程には、実際に、様々な州の州立大学から来ている人も多くいる。

4は、私は知識がないので何も言えない。大学の名前? 就職や資格取得のサポート? インターンの紹介が豊富? 色々ありそうだ。

5は確実にある。アメリカっぽい。アメリカ的には、そういう上級サークルに入るには、基本的には (A) 裕福な家庭に生まれるか(もちろん、それだけではトップ校に入れず、学業や学業外で優秀な高校生である必要がある)、(B) 背伸びして大きな借金を背負ってそういう大学に入るか、の二択である。ニュースでは、貧困な家庭で育って、全額給付の奨学金をもらってトップ私立大学に行った、という話もあるが、数が少ないし、日本人家庭の場合(ハーフの場合も含む)その場合にあてはまらないことが多い。うちは (B) なので、大きな借金に値すると考えるかどうか、である。

日本では、(A) か (B) かという状況はない。トップ校が国立だからである。学費の高騰という議論は日本にもあるが、日本の国立大の学費は、アメリカのトップ私立大の10分の1未満である。日本の平均年収がアメリカの半分だと見積もったとしても、この差はとても大きい。しかも、アジアの常として、受験勉強だけできれば東大、京大などに入れる。アメリカだとそうではなく、課外活動が重視され、課外活動にはお金や見えないノウハウがかかる。日本では、お金がなければ確かに受験塾に子どもを通わせることは難しいかもしれないが、それでも受験勉強一本で大学に入れる。東大にも、親の収入は平均的という家庭から来る学生が、多いとは言わないが一定割合いる。

うちの場合、今は長女のことを考え始めている状況であるが、彼女は何になるにしても大学院まで行きそうな気がする(父親としては、卒業した後に仕事があるような学科に行ってね、というのが唯一の制約で、それ以外は強制しない)。だとすると、1は彼女の性格だと自分自身や友達間のヘルプでできるので大丈夫で、2と3は父が知識を提供すれば大丈夫で、4は関係なく、5は諦め、州立大学でよいというのが提案である(ただし、もう一つ選択肢があって、今回の記事は長くなったので、改めて書きたい)。博士課程に行きたくなる場合、その時に一流のところに入れればよい。

ただ、長女の友だちの姉、兄には同じ高校を卒業してアイビー・リーグなどのトップ校に進学している人がそこそこいる。彼女のピアノの先生の年上の子たちも、Duke やら Rice やら一流校に行っている人が何人もいる。したがって、彼女の友だち自身も何人もがそういう大学に進学するはずである。彼女にその実力があるかどうかは、まだ3年先なので現時点では分からないが、出願して受かる可能性がある場合、友だちも目指すので自分も出したい・行きたいと思うのがむしろ普通だろう。その時どうするか。多分出せる額までは出してあげるけど、アメリカのよくあるパターンで残りは借金で自分で背負ってね、となりそうだ。