2017年1月5日

引き出しを増やす

留学にしろ、ポスドク(博士研究員)にしろ、赴任にしろ、海外経験はプラスになると言われる。
具体的に何がプラスなのだろう?

  • 語学の上達。
  • 新しい友だちができる。
  • 語学以外の意味で仕事の技術が上がる。例えば、ポスドクなら、日本で得られない質の研究技術(アイディア、実験・計算技術、執筆力、研究室運営方法など)を得られる。
  • コネを作れる。
  • 多様な価値観を知ることができる。

どれも言い古された事柄だ。
だが、「多様な価値観」について、あるインタビュー記事が、仕事で接する日本人の若手(学生を含む)に対する印象と重なったので書いてみる。

卓球に平野美宇(みう)選手という人がいる。
一言で言うと、16歳にして、すでに大人の選手として世界的である。

彼女がインタビューで

心が広くなると戦術の幅も広くなる。だから、(昔はそうでなかったのだが)最近は高校のクラスメートや卓球以外の職業の人とも積極的に話すようにしている

という趣旨のことを述べている(そのインタビュー記事はこちら) 。
明らかにすごい16歳だ。

さて、この言葉の意味を自分の仕事にひもづけて考えてみた。
以下は、私の全く自分勝手な想像である。

  • 試合で、心理戦として「こういう相手だったらこう来ることが多いだろう」と考えて、逆をついたりする。
  • 相手が直前のプレイで焦ってるかもしれない、だからこうしよう、という組み立てを行う。
  • 同じプレイが起こった後でも、日本人、中国人、ヨーロッパ人で、平均的には受取り方が異なるかもしれない。
  • 国籍や職業が異なる色々な相手の考え方、感じ方、動き方の引き出しを自分の頭や体の中に日頃から蓄えておく。すると、多様な相手や多様な状況に応じてうまい対応ができうる。
  • 日本人選手とだけ話していると外国人選手の感じ方は分かりにくいかもしれない。卓球でないとある職業の日本人の感じ方が、意外と外国人卓球選手の感じ方に近い、なんて起こりうるだろうか。

全て空想である。こんなことかなあ。

自分の仕事を振り返ると、多くのことがあてはまる。
日本の若者が長期でも短期でも海外に行きたがらない。これは、研究界隈でも、大学学部生を見てても、誰と話しててもどうやら確実な傾向のようだ。

これは研究の世界で言うと、「高校のクラスメートや卓球以外の職業の人と積極的に話さない」ことの顕れの1つだ。

研究は世界中から人が参画して行われる。主に欧米と東アジア(やオセアニア、イスラエルなど)だが、ヨーロッパにも色々なかなり異なる国があるし、欧と米は結構異なる。
その中、日本の特に若手 (25〜40歳位) と仕事をしててよく行き当たるのが、

「彼らはそんな風に思わないでしょ」
「それじゃ分かられないでしょ」

というパターンである。
これは、英語力、計算・論理力、コネの不足ではなくて、知ってる価値観の引き出しが狭すぎるのが原因だと感じる。

例えば、ヨーロッパ人の休暇が長いことは比較的有名だが、彼らの休暇にかける根性は日本で記事を読んでてもなかなか分からない。そして、休暇に対する考え方は、彼らの仕事の仕方に反映されていて、日本人研究者も影響を受けうる。ヨーロッパ人と直接一緒に仕事をしていなくても、彼らの論文を読んだり、彼らのいる国際会議に行ったり、彼らの設定する基準や方針に影響されるのだ。一般的に休暇がいつからいつまでなのか、という知識も助けにはなるが、そういう数字的な知識だけでは済まない。仕事の優先順位をどの程度に決める人が多いのか。休暇後に彼らが何を忘れてしまっているのか。など。

もう一つの例として、研究者は論文を論文誌に投稿(=出してもらえるようにお願いすること。限られた紙面を争う競争である)するとき、程度が高い論文誌になるとカバーレターというものをつける。自分の論文の価値を説明して、評価者を納得させて、論文を判定してもらうスタートラインに立つための道具だ。コネは効く。ただ、コネ以外の要素の中では、評価する側の研究者が何を重視しているのか、何をしたいのかにすごく依存する。こっちの理屈を押しつけてもダメ。評価側の人を直接知ってても知らなくても心理戦になる(と自分は思っている)。英語の問題もあるが、英語がうまければよいレターを書けるのではない。研究技術の1つと言えばそれまでだが、引き出しが多ければ対応の幅が増える。

最後に、日本人同士で共同研究をするにしても、お互いが「卓球選手同士でしか会話しない」研究者だったらば、少し分野や考えがずれるだけで成果は極度に出にくくなる。

というわけで、若手研究者(や学生一般)は、引き出しを増やす旅に出てみましょう。
出会う人とどんどん友だちになる必要はない。
日本でも、仕事でよく接する全ての相手が自分の友だちなわけではない。
出会って、会話をして(重要!)、別れる。極論を言えば、それだけでも引き出しが一段増える。