2011年10月1日

敬語と伝染るんです。

吉田戦車作の「伝染(うつ)るんです。」という漫画を学生の時分から好きである.好きな漫画ベスト5に入る.ドン引きされようが何だろうが,ベスト5に入る! 私が病気や情報の伝染(伝搬)について研究をしているから,という理由ではない.

この漫画に,

「おはようございます」という挨拶は長すぎるので省略しましょう,

という旨の4コマ漫画がある.日本中で「おはようございます」を「ア」に置き換えるというのだ.朝の天気予報のニュースも「ア」で始まり,学校の朝の挨拶も「ア」というわけである.

日本語でメールをやりとりするとき,敬語というものは何とかならぬものかと思う.大学まででは敬語について(特に,書くことについては)あまり教えない.しかし,私が企業の人から受け取るメールの敬語は大抵しっかりしている.社会人になると,名刺の渡し方を習うと聞いたことがある(私は社会人をやったことがないのでわからないが).それに加えて,敬語の話し方や敬語をふんだんに用いたメールの書き方のお作法を学ばされるのだろうか.

「ご検討のほど宜しくお願い致します」

心底ではアホか! と思う.自分もそういうメール書かざるを得ないことが週に1回はあるけれども.アホというのは書く人がじゃなくて,この状況がです.「致す」んですか...「致します」の代わりに「申し上げます」となっていることもある.違いがわからない.「申し上げます」の方が丁寧??

受信するメールの冒頭,

「東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻准教授 増田直紀様」

と来た.長い! どこが切れ目かわからない.自分の肩書きが長いのが悪いんだけど,それも自分のせいじゃないし...こう書かれたら,自分も,同様の返事をしなければならない.会社の方が相手だったら「○○社××営業部△△部長□□様」とか書く.しかも,このような書き出しを2回目以降もしてくる人がいる.2回目以降に「東京大学 増田様」と書かれるだけでも嫌である.「○○社□□様」と返さなければいけないからだ.そもそも,私は,先生呼ばわりされるのが実は好きじゃない.

「増田さん」で十分です.一番好きなのは "Hi Naoki" とか "Dear Naoki" だ.

相手によって,「ます」なのか「ございます」なのか,「さん」なのか,「様」なのか「教授」なのか,を使い分ける.煩わしいことこの上ない.

メールの文面の節々からも,その人が私に対する配慮をもつ人かどうかわかる.例えば,相手の都合を考えなかったり,用事が何だかわからなかったりするメールには配慮の無さを感じる.ただ,敬語でもって配慮を表したことにするのは頂けない.書く方は,そういう意識で敬語を使ってはいないと思うけれども.

文末に「!」をつけるメールを最近よく見る.メールという限られた状況で配慮や共感を表すには,敬語よりも「!」の方が心地よい.

過剰な敬語の罪は,時間と体力の無駄を特に書き手に強いることだと思う.私とて,正しい敬語に満ちたメールを書くことはできる.私は敬語の辻褄も合わせた上で文章を書くのは速い方であると思う.それでも,敬語には時間や神経を多少なりとも費やす.多くの人も,気づかぬところで時間や神経をすり減らしているのではないだろうか.

敬語文化は海外では通じない.敬語は,形式を強要する割には,仕事の効率化も,海外の人々が理解可能であるような共感ももたらさない.そもそも,敬語が日本語と密接に結びついていることは言うまでもない.英語による海外とのメールのやりとりは遙かに軽やかである.海外の銀行から来るメールは,海外の友人から来るメールよりは確かにきちんとした感じの英語を使ってはいる.それでも,無駄があまりなく,ごてごてしていない.

話を日本国内・日本語に限定しよう.それでも,今どき敬語が潤滑剤であるようには見えない.さらに言えば,日本が誇る文化であるとも思わない.敬語は日本人の誇る礼節の土台になっている,なんて主張はあるかもしれないが興味ない.敬語は,日本人の日本っぽさを映す鏡だと思う.日本人は,敬語っぽいこちこちした社会で生きてストレスを貯めているような気がしてならない.

日本人がそうやって疲れている間に,他国はどんどん日本の先に行ってしまうのではないだろうか.敬語に使う時間や体力なんてものは,他のことに使う方がいいのでは?

そこで,「おはようございます」を「ア」にするのだ! 

それはさすがに冗談だが,何かできないか.

「カジュアル敬語の会」を立ち上げるとか.

この会の入会退会は自由である.会は,重すぎる敬語を使わない,呼称を簡単にする,相手の敬語の有無や乱れは大目に見る,といったいくつかの紳士協定的な規約をもつ.規約は簡単な方がいい.使わないべき敬語の内容まで指定したりすると,ルールを覚えることに辟易してしまう.ユーザーに任せましょう.

会はウェブサイトを持ち,賛同する人が勝手に登録する.会員は,共通の何らかの印を,メール(や名刺?)の signature などにつける.皆が同じ印を用いる.会員が増えてくれば,「カジュアル敬語の会」会員同士がたまたま仕事で出会ったりする.すると,この2人の間では,いきなり,「さん」づけ程度で緩い敬語でメールを書き始めてよいことになるのである.

会員が増えれば,誰かから受信したメールの signature に興味をひかれて入会する人も出てきて,一挙に広がってくれるかもしれない.

「ため語の会」の方が個人的には好きだが,とりあえず「カジュアル敬語の会」くらいにしとこう(名前は要検討).誰かやって下さい(or やりましょう).