2021年10月2日

グリーンカード

2021年9月初旬に自分と家族全員分のグリーンカードが来た。
アメリカに永住可能である。

本記事では、グリーンカード取得までの私の経験について述べる。
この話題については、日本語でもたくさんの情報がすでにあるが、以下、既存の情報源には書いてない情報もあると思う。

私の申請の特徴は、大学教員という身分で申請したことである。
研究がそれなりに強い大学の教員は、グリーンカードを取りやすい。(研究よりも教育を重視している大学については、知らないです。)
したがって、今から述べることは、アメリカで大学教員やそれに比較的似た立場でグリーンカードを申請する人以外にはあまり役に立たないかもしれない。
一方で、半分以上のことは、待ち時間の長さも含めて、グリーンカード申請を行う日本人一般に共通する(かつ、他の情報源にも書いてありそう)と思われる。

さて、私と家族がアメリカに来たのは2019年8月である。
なので、2年で永住権を取れたことになる。
2年でくれるというのは、ありがたい。
私と家族は、イギリスに行ってから6年目にアメリカに引っ越した。
イギリスでは、住み始めてから6年目に永住権を申請できるので、その直前でアメリカに来たことになる。
イギリスでは、住み始めていきなり永住権を申請しましょう、とはならない。
アメリカでは、住み始めていきなり永住権を申請した。

そうしたのは、私のテニュア(=終身在職権)発効のためには永住権が必要だからである。
テニュアは、要するには、大学に終身雇用で居座れる権利である。
私のテニュア審査については、次回のブログにでも書きます。

私の大学(ニューヨーク州立大学バッファロー校)では、テニュアの審査に通ったとしても、アメリカ国民またはグリーンカード保持者でないと、テニュアが有効にならない。テニュア審査に通れば、グリーンカードが届き次第テニュアが有効になる。

これは全米の決まりごとではない。
私立大学ではテニュアに永住権は必要ないようだ。
州立大学でも州によってはこの規則がないと聞く。
ニューヨーク州の州立大学では必要、ということだ。

私の場合、テニュア審査が、アメリカ赴任2年目に行われることになっていた。
なので、アメリカに就職してからなるべく早くグリーンカード申請の作業を始めたかったし、大学もそれを期待していた。

まず、大事な前提として、アメリカには「何年住んでからでないと永住権を申請できない」というイギリスのような仕組みがない。
それは、アメリカが能力主義的な国であることを反映しているように思う。
アメリカでは、私が就職しうるような大学(したがって、私の実力では就職できないようなトップ校に限らず、アメリカの上位150校くらいの大学も含む)の大学教員が、優先度が高い職として見なされる、と感じる。
イギリスでは、大学教員の身分は、アメリカよりはかなり低いと感じる。
イギリスでは、大学教員だったから何々がよかった、ということは起こらなかった。
(イギリスの良い所は色々あるが、自分の職業とは関係せずに良かった、ということ。)

グリーンカードを申請するカテゴリーとしては、EB-1 からEB-5 までの5つのカテゴリーや、アメリカ市民やグリーンカード保持者の家族というカテゴリー等がある(ウェブに日本語で色々情報がある)。
大学教員の場合、EB-1 という有利なカテゴリーで申請を出せる。

大学に移民(=イミグレーション)関係を扱うオフィスがある(イミグレ・オフィスと呼ぶ)。
そこに、イミグレーション専門の弁護士1人とアシスタント1人からなるチームがある。
このチームにお世話になって申請を行う。
彼らが申請作業をしてくれる。

私がEB-1に値することを主張するために私がイミグレ・オフィスに提出しなければならない書類が膨大だった。
イミグレ・オフィスの経験と判断で提出書類を決めているのだろうから、きっちりこの通りの提出書類を揃えなければグリーンカードを取得できない、というわけではないと思う。
ただ、私としてはイミグレ・オフィスを神頼みしているので、全て言われた通りにする。

例えば、

  • 自分の論文を引用している論文150本の全ページ片面コピーを用意し、それぞれの論文の中のどの箇所で私の論文が引用されているのかを黄色でハイライトする。
  • 私の論文全て(150以上ある!)のコピー。
  • 私が行った論文査読(=他人の論文の質を審査すること)について、論文誌からの査読依頼メールと、査読をしてくれたことに対して論文誌から来るお礼メールの全てのコピー。
  • 8人の大学教授からの推薦状。
紙で提出するので、何千枚となり、提出物を私のオフィスからイミグレ・オフィスまで台車でガラガラと運ぶ。

他にも、一般的なグリーンカード申請書類があったはずだが、それはイミグレ・オフィスがやってくれた。

  • イミグレ・オフィスから準備すべき書類の指示を受けたのが2019年11月。
  • 私がイミグレ・オフィスに全ての書類を提出したのが2020年1月。
  • イミグレ・オフィスが、チェック等を済ませて、国のグリーンカードを扱う部署 (USCIS) に全ての書類を郵送したのが2020年3月。

そこからは辛抱強く待つ。
11月初旬に、次の段階に無事に進めた、という知らせがイミグレ・オフィスから来る。
すると、次の段階の書類をすぐに準備しなければならない。
この段階では、自分が EB-1 に値するすごい人ですよ、という主張をする必要はもうなくて、
誰もが同じような書類を提出する(書式 I-485 など)。
準備した付随資料の例は、

  • 自分と妻の学位の証明書。
  • 自分と妻のアメリカの銀行口座の残高履歴。
  • 自分と妻のクレジットスコア(借金しないでちゃんとやってるか、借金したならちゃんと順調に返済しているか、とかそういうこと)。
  • 戸籍謄本の英訳証明。
他にもたくさんある。

妻のクレジットスコアは、手強い書類の例だった。
私の場合、H1-B ビザで働いていた。
妻は必然的に H4 ビザ(H1-B ビザの配偶者や子どものためのビザ)である。
H4 ビザの人は、social security number (SSN) を作れないことになっている。
アメリカでは、SSN がないと色々不便である。
妻が SSN なしで自身のクレジットスコアを入手することはかなり困難だった。私が色んな所に電話したり手紙出したりの泥仕合。

戸籍謄本の英訳証明も手強かった。
友だちでも証人になれるのである。
しかし、公証サインの手続きを経なければいけないので、友だちに予約をとって郵便局に行ってもらって、公証サインの作業をしてもらってくる、など友だちを煩わせることになった。

もうひとつの大きな難関は、予防接種の証明(書式 I-693)だった。
我々は日本から始まってイギリスを経由してアメリカに来た。
アメリカでは、私達の学区では、小中学校に入るために、指定された予防接種を全て受けていなければいけない。
そうでないと、入学が許可されない。
なので、子どもたちは基本的に諸々接種済だと思っていた。それでも、このグリーンカードの基準に照らすと、欠けている接種もあった。ましてや、大人は、色々な接種が欠けている可能性が高く、実際に欠けていた。

そして、予防接種の証明書式 I-693 は、USCIS 指定の医者に埋めてもらわなければいけない。これには保険が適用されなくて、1人200ドル(したがって、5人で1000ドル)かかった。
この医者は、色々体を診察するわけでは基本的になくて、接種記録を照合して「この接種とあの接種が欠けているので、早急に接種を受けて証明書類を持ってくれば、I-693 に反映する。」と言う。
大学から指定された締切があったので、神経をとがらせながら、このようなやりとり、接種を行った。
大学が私に対して締切を指定したのは、いついつまでに出せば優先権がある、という理由からである。
この優先権は USCIS が決めている。
ただ、私は、イミグレ・オフィスからこの説明を何度聞いてもよく分からなかった(英語のせいじゃないです)。

こんなことを経て、全ての書類を2020年12月にイミグレ・オフィスに提出した。
イミグレ・オフィスは、同月中に書類を USCIS に郵送した。

私一人分の申請料は大学が費用を持ってくれた。
私の雇用契約書にそう書いてあるのだ。
家族残り4人の分はもちろん自腹で、このタイミングで4000ドル程度を大学に払った。
ここまでで、上述した接種の証明代金の1000ドルと合わせて、約5000ドルかかっていて、これが主な費用である。
私の感覚では、これは安い。
なぜなら、イギリスでの永住権の申請は、その3〜4倍かかるのだ(一人につき4000ドル程度)。

2021年3月に、私が大学経由で送った4000ドル程度の小切手を USCIS が換金したことを、私の銀行口座で確認できた。
ゆっくりながら進んでいる、といったところか。
そして、4月下旬に USCIS からいきなり手紙が来て「指紋と写真をとるので5月X日のY時に USCIS のバッファロー・オフィスで全員で来なさい。」という。
これに行く。

これが終わってもグリーンカードが取れることが保証されているわけではない。
したがって、落ち着かない気持ちは何も変わらない。
大学のイミグレ・オフィスに、無事グリーンカードが許可されると仮定するといつ頃グリーンカードが届きそうか聞いてみた。

「12〜29ヶ月」

との回答。
これには理由がある。
USCIS には、オフィスごとの待ち時間がどれくらいであるかを示すウェブサイトがある。
そこには確かに12〜29ヶ月と書いてある。
ただ、この12〜29ヶ月がどこから起算して12〜29ヶ月なのかよく分からない。
この情報がどれくらいの頻度で更新されているのかも分からない。
ウェブで調べても分からなかった。

ところで、この指紋と写真が終わったら、アメリカ国外に出ることができる、という。
そう。イミグレ・オフィスから「申請中は国外に出てはいけない。出たい場合は、手続きがあるのでイミグレ・オフィスに連絡するように。」と言われていたのだ。
研究者には海外出張がつきものなので、海外に出れないことは、仕事上大きな支障を伴う。
ところが、コロナで、2020年3月以降、全く海外に行く用事がなかったので、実害を被らずに済んだ。
家族としても、コロナ下でそもそも海外に旅行できないので、実害を被らずに済んだ。
ところが、2021年の夏には、仕事で日本に行く計画(できれば行きたいという計画)があった。指紋と写真が終わって国外に出ることができるようになったので、急遽日本行きのフライトを買ったり、仕事の受け入れ先と詳細を詰めたりした。

ただし、国外に行くためには、大きな条件が一つある。

「グリーンカードがもしアメリカの家に郵送で届いたら、それを誰かに頼むなどして私達が滞在している場所(例えば東京)に送ってもらわないと、アメリカに再入国できない。」

うーん。
それでも、我々は日本に行くことにした。
USCIS には、このくらいの段階まで進んだ申請者については、申請の進み具合をチェックできるオンラインの追跡システムがある。
なので、グリーンカードがアメリカの我が家に発送されたかどうか、いつ届くのか、ということは、日本にいながらにしても分かるのだ。
ただ、このウェブサイトがどれだけ信頼できるのか、は気になった。
結果的には、このサイトの情報は、とても精度が高かった。

2021年9月4日までに全員のグリーンカードが届いた。
妻は、EAD という「グリーンカードがなくても労働をしてよい」というカードがグリーンカードの数日前に届いた。
労働には基本的に social security number が必要なので、social security number のカードも EAD カードと同時に届いた。
ただ、実際には、グリーンカードがあれば EAD カードは必要ない。
すなわち、グリーンカードがあれば、アメリカで働ける上に、永住をできる。
EAD カードでは永住はできない。
なので、EAD カードがグリーンカードの数日前に届くことには、実利はない。
これはおやくそくのパターンで、そういうものらしい。

USCIS は、コロナで仕事の速度が制限されていたので、普段よりは遅かったようだ。
とはいえ、グリーンカードには何年もかかるよ、とよく聞くので、最初の申請書類を送ってから17ヶ月で取れたのは、助かった。
アメリカに引っ越すとき、テニュアを得ること、アメリカで競争的研究費を得ること、教授になること、グリーンカードを得ること、の4つが当面の大目標だった。ちょうど2年で全部クリアできた。
テニュア以外の3つの目標のいくつかには4〜5年かかる覚悟だったので、助かった。

大学のイミグレ・オフィスの弁護士とアシスタント(彼らは大学のサービスなので、彼らを使わせて頂いたことに対しては、私は費用を払う必要がなかった)、手続きを迅速にすすめてくれた学科長、推薦書を書いてくれた8人の先生、公証サインの作業を引き受けてくれた2人の日本人にとりわけ感謝である。