2002年5月31日

研究職って何?

私は大学院生。「仕事は?」と聞かれると「研究」と答える。給料もらってるので嘘ではないが、「研究」と聞いてイメージわくのは同業者だけだ。専門的なことはさておき、大学院生を含む研究者の生態をみてみよう。

(1) 研究者とは?

研究者は大学、政府系・シンクタンク系・企業系研究所などに生息している。ここでの「研究」は「基礎研究」と呼ばれるもので、企業の「商品開発、開発研究」(例:新しいプリンタの開発)とは異なる。もちろん「開発」も重要な分野だし、「病気の解明」や「燃やせるプラスチックの合成」などの社会・産業性のある開発研究をしてる大学もある。「基礎」というからにはすぐにお金や社会の利益に結びつかないことが多いかというと、、、その通り。すぐに利益が出ず企業は無視してしまうけど長期的に育てていくと大きな成果が出るかもしれない、そんな基礎分野を扱うのは大学の方が都合がいい。

私は「脳の数学的研究」をしてる。脳科学は、脳の病気を治すには?記憶力をよくするには?人間のような思考をできるロボットを作るには?などの答を探す学問である。医者や生物学者では?と思うかもしれないが、彼らの出した実験データを理論づける人も必要で、そういう理論系では数学・物理出身にも長がある。例えば、ニュースが人間の遺伝子が全て解読されたことを報じたけど、実際の解読データは A, G, C, T の 4 つの記号がとてつもなく長く並んだもの。「じゃあ、ここのAをCに換えるとどうなるの?」、「ガンを治すにはどの記号をどういじればいいの?」などの問に答えるにはまだ長い道のりがある。「数学的」というのは、その記号列をもらったうえで、規則性を見つけて利用するということである。

(2) 地位と役目

大学院生はみなさんのまわりにもいるかもしれない。学部 4 年間のあとの修士 2 年間、もっと究めたい人はさらに博士課程を3年やる。学校や専門によるが、院生は授業はあまりなくて、雑用や「研究生活」(後述)をしている。そして、学内、国内、国外での研究発表の機会もある。文系や理系の実験系の院生は、下級生の面倒をみたり、先生の雑用や研究の手伝い(先生のやりたい実験を代わりにやるなど)、研究室のコンピューターの管理などのこまごましたことに時間をとられることが多く、極端な場合は自分の研究の時間すらない。もちろん、雑務や手伝いから学ぶことはあるだろうけど。自分の場合、研究室が放任で雑務もほとんどないが、それは稀。

雑務にはふつう給料が出ない。アメリカだと院生が学部生に補習授業をしたり先生の研究を手伝ったりすることは明文化されていて、給料をもらえる。だからこそアメリカの大学院生は経済的に自立できる。日本では、国の研究員になる、副業、バイト、結婚(相手に養ってもらう)、奨学金、親すねかじり、などが選択肢。

修士卒で就職するなら、一般企業に行くか、理系ならメーカーどの開発チームなどに入ることがほとんど。専門と関係ない職につく人も多いが、もし研究生活で問題提起→解決方法の模索→解決実行→報告、の流れを体得できてるならそれは大きな武器だ。博士卒は研究を生業とするので、上に書いたような大学・研究所などへの就職を狙う。大学で働くには一番下っぱの「助手」を狙う。助手は先生の手伝い、学生の研究指導、授業など研究室や学科の運営に関わる仕事をしながら研究をする。雑用が多いが、大学が給料を払って雇うある意味あこがれの職である。

助手になっても業績アップは求められている。研究結果が研究と無関係の年輪が出てくると、公募やコネで助教授、教授になっていく人が多い。企業や政府プロジェクトなどとの人材の行き来もあってある程度は多様である。教授・助教授は大学に縁がある人なら知ってるだろう。彼らは授業などを通じて教育に携わる傍ら研究をしている。ヴェールに包まれたところが多くよくわからんが、、

(3) 日常生活と仕事

多くの人は放っとくと朝が遅くなる。午前中。人口 12 人の研究室にやってくると誰もいない。このような放任型研究室は自分のような理論系(理系だけど、実験しない人)や文系に多く、研究計画も時間配分も自分で決めて、結果が出なかったら、1 年卒業延長などの形で自分にはね返ってくる。ただ、実際には夜型なのはさておいても遊び呆けてる人が多い。個人的には 20 代中盤にもなって大学を隠れみのに親の金でモラトリアムしてる人たちは好きじゃない。

その一方、実験系の人は動物や薬品のわがままにあわせて、場合によっては朝も夜も持久戦を繰り広げている。そういう意味では、実験系には社会人なみの時間の束縛があり、仕事の割りあてや上下関係もしっかり定められている研究室が多い。ただ、研究成果や責任感はあくまで個人次第。

研究成果を出してこそ卒業や研究職を手にできる。成果とは、文系ならフィールドワークからの知見、実験系なら斬新な実験結果、理論系なら数式やコンピュター計算による知見など。成果は論文の形にまとめられ、世(学術業界)に公表される。フィールドワークや実験系では 1 つのプロジェクトに半年や 1 年かかるのがざらなのでそうやすやすと論文を書けない。我々理論家は手も体も動かさず口先で勝負してるだけなので、他人の実験データ・他人の論文・コンピューター・数学・物理などを利用して良い論文をいくつ書けるかが鍵である。1 つの論文作成には 3 段階あって、研究のサイクルとなっている。

(1) 関連分野の勉強。「フラクタル理論を用いた株価予測をしたい」と狭めにターゲットをしぼっても、その研究をしてる人は世界のどこかに必ずいる。まずは、彼らの論文や教科書を読んだり話を聞いたりして、その業界の状況をつかむ。企業の新商品開発でもマーケットリサーチが大きな指針になるはずである。これを怠ると「自分が半年捧げてきたことは、実は 5 年前に解かれていた」と判明して、時間を無駄にすることになる。前にやった人がいるなら、それを超えないといけない。

(2) 自分の結果作り。実験系なら自分の仮説(材料 A と材料 B を合成したら C ができる)が正しいかどうか実験で試す。理論系なら数学・物理・コンピューターなどを駆使して同様のことをする。どんなにやっても良い結果が出ないなら、多分アイディアがいけてないからなので (1) に戻る。

(3) 結果がたまってきたら論文を書く。論文は研究者の第 1 の業績であり、世に公表される。色々な人の論文を集めた論文誌(月刊誌が多い)が業界ごとに、レベルごとにたくさんあって、自分の論文を他の研究者が見るというわけである。一般人も興味があれば大学の図書館などで読める(URL)。論文は色んな人が読むので、わかりやすくシンプルでしかも精確でなければならない。みなさんも経験あると思うが、自分の考えを筋道立てて表すことは書きでもしゃべりでも難しい。新聞記者の文章力は、才能だけでなく長い社内教育で磨かれるという。研究者は記者と違って物書きのプロではないので、自分で推敲したり先生や同僚にチェックしてもらったりしながら徐々に論文ができあがっていく。書いていくうちに誤りを発見して (2) に戻って再実験・再計算したり、内容の補充が入ったりする。こうしてできた論文は論文誌に投稿されるが、OK が出るかどうかは審査次第。自分の論文の質と出した論文誌のグレードと審査員の判断で決まる。もちろんグレードに高い論文誌に通った方が評価は大きい。こうして 1 つの論文が終わったら、また新しいネタを求めて (1) に戻る。もちろん 1 つのネタでたくさんアイディアが出て (2) と (3) の繰り返しだけでたくさん論文を書くこともある。

(4) 出張

研究者は出張する。学会発表か、他の大学などに短期・長期滞在して現地の人と共同研究・話し合いのためが多い。

学会発表というと仰々しいが、出番は 15〜30 分。500 人参加してるとしても、いくつもの部屋で同時進行してるので、聴衆は 30 人とかのことも多い。発表後に 5 分くらい質問タイムがある。「質問タイムが重要」ともいうが、発表を聞けば相手のレベルがわかるので、良い発表には質問が飛び交い、悪い発表には質問すら出なくてあまりに寒いのでそのときは司会者が義理で 1 つだけ質問をする。その辺シビア。

もっとも、学会では他の研究者との顔あわせや情報交換が大切。さらには、遊びメインの場合もあって、腐り方は激しい。学会に行くためには事前にプチ論文を出すが、よい学会だと競争も激しいので審査の結果良いものだけ通る。へぼい学会はフリーパス。希望さえすれば参加できる。ダメ学会ではダメ発表がずらずら並び、そういう学会に限って豪勢である。ビーチリゾートの超高級ホテルに滞在、ホテル内電車がある、食事が毎日高級中華、サーカスショー・イルカショーつきなど。リゾートホテルでやると、でかいカメラ(理系なのでデジカメか一眼レフ)を持って学会のネームカードと学会カバン(ださい)を持ったおじさん(理系だから)が 3, 4 人でうろうろしている。自分的には男だけのビーチリゾートって、、、微妙。だけど、公務員の友達から「それを楽しみに毎日がんばってるんだよ」と言われ、楽しみは人それぞれだと思うのでした。

(5) そんな人生

こんな研究生活は病的と思えば病的だし、楽しいと思えば楽しい。周りの環境に嫌気がさすこともあるけど、自分はこの選択に満足にしている。なぜって、自分の時間を自分で決めて使えるから。そして、自分の力で自分の夢に挑戦できる職業だから。それってラブラブに次ぐ幸せ?