1998年10月7日

アメアメアメリカ・バリバリバルバドス旅行日記

いざ San Francisco へ。トイレ、トイレ... 25 セントを入れる。ドア開かない。もう一度 25 セント。

新聞屋のオバチャン「あ,そのトイレ壊れてるよ」

あうう。金返せ。4.5 ドルの持ち金の 15% をトイレに入れてしまった。

9 月 18 日(金)

マイアミで。

ツツツツツツ

ウイーーンウイーーンウイーーンウイーーン

ウイーーンウイーーンウイーーンウイーーン

ピュルルルルピュルルルルピュルルルルピュルルルル

ピュルルルルピュルルルルピュルルルルピュルルルル

ウワーンウワーンウワーンウワーン

ウワーンウワーンウワーンウワーン

ガッガッガッガッガッガッガッガッ

ピーポーピーポーピーポーピーポー

ピーポーピーポーピーポーピーポー

うるせー!!!けたたましいサイレンで起こされる。この音 1 分に 1 セット聞こえてくる。信号?街の中のゴミの多さ、バスののろさ、騒音のうるささ、そしてサイレン。デリカシーのない国だ。お年寄りや障害者には配慮した街造りだけれど、自然や快適な暮らしには配慮してない。ひたすら歩いて博物館や Coconut grobe を見る。見所がそれぞれ 5 キロとか離れてて車社会を感じる。1 日で 20 キロくらい歩いた。

9 月 19 日(土)〜 9 月 29 日(火)

バルバドスワークキャンプ

9 月 30 日(水)

バルバドス滞在 12 日目にして初めて街へ。仕事がきつかったのだ。バスで首都ブリッジタウンへ。バスはガンガン音楽を鳴らして走る。しかも運転席にはバルバドスビール Banks の空き瓶が... 首都は人口 10 万。小さいけれど活気に満ちている。一人で博物館、ビーチでシュノーケル、食事、買い物などすっとばす。

10 月 1 日(木)

朝一で洞窟へ。徒歩 7 キロは辛い。昼はまた街へ。食費はうんざりするほど高い。一皿の軽食が 1500 円くらい。Barbados は観光業の成功のおかげか物価は先進国並みに高い。カリブではリーダー的存在。でもラム酒は安いので、ラムポンチを買い込む。こうして、帰りの荷物の半分以上が酒となる。

悲劇はその夜起こった。増田 2 階の部屋で荷作り中。暑い。窓は 4 枚。開けよう。

ガッ。1枚目開いた。

ガッ。2枚目開いた。

ガッ。3枚目開いた。

ガッ。カシャ。ヒューン。
....え?.........ガッシャーーーーーン!!!

どひぇー!窓ガラスがいきなりはずれた。下に人はいなかっただろうな。

......んん?右手が動かないんだけど......... どひぇー!すぱっと切れてる。中から白い物がちらり。おいおいおいおい。あうー、痛い。血がとまらん。傷は深い。増田もだえる....あううあううあううあううあうう。職員の応急処置を受ける。もう明日は離陸だ。日本までこのままかい...

こうして、増田のケガ完封の夢は押しくも断ち切られた。

10 月 5 日(月)

ダラスでの空港泊と 14 時間のフライトを経て帰国。動かない右手をかかえて医者へ。4 針縫った。化膿が怖い今日この頃。ラム酒は傷に悪くて飲めません。奴らは池袋増田家で開封を待ちます。